ヨーロッパの歴史

ポケットに5フランだけ持ってパリへ――忘れられた美容の帝王、シェルプリコフスキーの帝国

5フランから始まった伝説

アントワーヌ・シェルプリコフスキー(Antoine Cierplikowski)。この名前を今すぐ思い浮かべる人は少ないかもしれません。しかし20世紀の美容界において、彼ほど大きな足跡を残した人物はほとんどいません。

ポーランド出身の彼は、ポケットにわずか5フランを握りしめてパリに渡りました。何もない状態からのスタートでしたが、やがてその名声は高まり、あのココ・シャネルですら彼の成功を羨むほどになったのです。

女性の髪型の歴史を変えた男

シェルプリコフスキーは単なる理容師ではありませんでした。「アントワーヌ・ドゥ・パリ」の名で知られた彼は、1909年にパリでサロンを開業し、それまで長い髪が主流だった女性たちの間に短い髪型「ボブカット」を広めました。これは当時の美意識を根底から覆す革命であり、女性のファッションとライフスタイルの自由化を象徴する出来事となりました。

彼のサロンには、シャネルをはじめ、グレタ・ガルボやブリジット・バルドーといったハリウッドスター、さらには各国の王族までもが通いました。パリ社交界の中心地とも言えるフォブール・サントノレ通りに構えたサロンは、世界一有名な美容室として君臨したのです。

美容室にとどまらない巨大帝国

彼の野心はヘアサロンだけにとどまりませんでした。シェルプリコフスキーは化粧品や香水の開発にも手を広げ、理容と美容を融合させた巨大なビジネス帝国を築き上げました。彼が生み出したブランドのいくつかは、実は今日でもなお存在し続けています。

一人の移民青年が、才能と情熱だけで世界的企業を立ち上げた――その成功の規模を知れば、きっと驚かされることでしょう。

ポケットに5フランだけ持ってパリへ――忘れられた美容の帝王、シェルプリコフスキーの帝国