19世紀初頭のアメリカに渡ったアイルランド移民は、生まれながらのアメリカ人(ネイティブ・ボーン)に比べて、はるかに低い賃金で働かざるを得ませんでした。ここでは、当時の具体的な賃金水準と、その背景にある事情を詳しく解説します。
アイルランド移民の実際の賃金
1830年代のニューヨーク市では、アイルランド人労働者の平均日給は約1.25ドルでした。一方、同じ仕事に従事するアメリカ生まれの労働者は平均2ドルを稼いでおり、アイルランド移民の賃金はその6割程度にとどまっていました。この賃金格差は、移民にとって厳しい現実でしたが、それでも故郷のアイルランドよりはるかに高い収入を得られることが、大西洋を渡る大きな動機となっていました。
賃金が低かった理由
差別と偏見
当時のアメリカ社会では、カトリック教徒であるアイルランド人に対する強い偏見が存在していました。「Irish Need Not Apply(アイルランド人お断り)」といった求人差別も横行しており、まともな職に就くこと自体が難しい状況でした。
言語の壁
英語を流暢に話せない移民は交渉力が弱く、低賃金でも受け入れられる単純労働に従事せざるを得ませんでした。雇用主側も、言語面での不利を理由に賃金を引き下げることが少なくありませんでした。
職業技能の限界
多くのアイルランド移民は農村出身で、都市部で求められる専門的な技能を持っていませんでした。そのため、運河や鉄道の建設現場、港湾荷役、家事労働などの過酷な肉体労働に集中することになりました。
当時の物価と貯蓄の可能性
ただし、19世紀のアメリカは現在と比べて物価が非常に低く、生活費も安価でした。そのため、質素な生活を心がけたアイルランド移民の中には、かなりの額を貯蓄できた人も少なくありませんでした。貯めたお金を故郷の家族への送金に充てたり、親族をアメリカへ呼び寄せたり、小さな商店を開く資本にしたりする人も現れました。
困難を乗り越えた成功者たち
差別、言語の壁、限られた技能といった厳しい条件にもかかわらず、多くのアイルランド移民は世代を重ねるごとに社会的地位を向上させ、アメリカで成功を収めていきました。彼らとその子孫は政治、警察、消防、教育、カトリック教会など幅広い分野でアメリカ社会に多大な貢献を果たし、今日ではアイルランド系アメリカ人はアメリカ最大級の民族集団の一つとして確固たる存在となっています。