ヨーロッパの歴史

ウッドロウ・ウィルソンはなぜ第一次世界大戦後のヴェルサイユ条約を撤回したのか?――その真実

ウッドロウ・ウィルソン大統領は、第一次世界大戦後に締結されたヴェルサイユ条約を自ら撤回したわけではありません。実際には、条約の批准を拒否したのはアメリカ合衆国上院でした。ここでは、条約が成立しなかった背景を詳しく解説します。

ヴェルサイユ条約とウィルソンの役割

1919年、ウィルソン大統領はパリ講和会議に出席し、「14か条の平和原則」に基づく公正な平和の実現を目指しました。その中心的な成果がヴェルサイユ条約であり、彼は国際連盟の創設にも強く尽力しました。条約調印後、ウィルソンはこれを議会に持ち帰り、批准を求めました。

上院が批准を拒否した理由

アメリカ憲法では、条約の批准には上院の3分の2の賛成が必要です。しかし当時の上院では、共和党のヘンリー・カボット・ロッジらを中心に、国際連盟規約第10条(加盟国への軍事的義務)がアメリカの外交政策の自由を損なうとして強い反対意見が上がっていました。

ウィルソンは国民に直接訴えかけるため全国遊説に出ますが、過労から脳卒中を発症し、政治的な求心力を大きく失いました。その結果、1919年11月および1920年3月に行われた上院の採決で条約は否決されました。

その後の経緯

1920年の大統領選挙で共和党のウォレン・ハーディングが勝利すると、アメリカはヴェルサイユ条約とは別個の形でドイツとの講和条約(ノックス=ポーター決議、1921年)を結び、正式に戦争状態を終結させました。このように、条約を「撤回」したのはウィルソン本人ではなく、国内政治の対立によって批准が実現しなかったことが実情です。