デシュレット(Deshret)とは
デシュレット(Deshret)とは、古代エジプトに存在した赤い王冠(赤冠)のことです。ホルス神やセト神といった神々にゆかりのある神器として描かれるほか、上下エジプトを治めたファラオたちも着用しました。デシュレットは古代エジプトを代表する二大王冠の一つであり、白い王冠「ヘジェット」と組み合わさることで、国土の統一を象徴する二重冠「プシェント」を構成します。
形状とデザインの特徴
デシュレットは、同じく赤色のリネン(亜麻布)で覆われた円筒形の帽子のような形状を持っています。最大の特徴は、額の部分に前方へ突き出した飾り縁(コーニス)で、そこには王権の守護者とされる聖蛇「ウラエウス」があしらわれていました。
なお、「デシュレット」という言葉自体は古代エジプト語で「赤いもの」を意味し、砂漠(赤い大地)を指す語としても使われていました。王冠の赤は、ナイル川沿いの肥沃な黒い大地(ケメト)とは対照的な、荒涼とした赤土の大地との関わりを示唆するともいわれています。
神話にみる由来――ホルスとセトの戦い
この王冠を最初に着用したのは、ホルス神が「二つの大地」を統一した後であると伝えられています。
神話の一説によると、ホルスがセト神と戦った際、セトの目をえぐり出し、それを知恵の神トートに捧げました。トートはその目を元の位置へ戻してセトの視力を取り戻し、傷ついた目を癒やしたといいます。この恩義に報いるため、セトはホルスにデシュレットを授けました。こうしてデシュレットは、ホルスが持つ正当な王権の象徴となったのです。
ヘジェット(白冠)との違い
白い王冠ヘジェットにはウラエウスという象徴的な存在が結び付けられていたのに対し、デシュレット自身には特定の象徴動物は対応していませんでした。また、一般的にデシュレット(赤冠)はナイル川デルタを擁する下エジプト(北方)を、ヘジェット(白冠)は上エジプト(南方)を象徴するとされています。
二重冠「プシェント」との関係
時代が下ると、デシュレットとヘジェットは一体化され、二重冠「プシェント」が誕生しました。これは上下エジプトの統一、すなわちファラオが国土全体を支配することを表す強力なシンボルです。
とはいえ、両王冠は単独でも引き続き重要な象徴として用いられ続けました。ファラオがその時点でどちらの地域を支配下に置いているかを示す指標として機能していたのです。
「北の赤い王冠」という別称
デシュレットは、しばしば「赤い帽子」あるいは「北の赤い王冠」と呼ばれました。これは赤冠が下エジプト(北方)の象徴とされていたことに由来します。神話と王権が深く結びついた古代エジプトにおいて、デシュレットは単なる被り物ではなく、支配の正統性を示す重要なレガリア(王権の象徴品)だったのです。