ヨーロッパの歴史

中世のパリ大学は今も存在する?その歴史と現代への継承を解説

結論から言えば、中世に栄えた「パリ大学」そのものは、現在の形では存在していません。しかし、その学術的伝統は途絶えることなく、今日のパリにある複数の大学へと受け継がれています。ここでは、フランス最古の大学であるパリ大学の歴史と変遷を詳しく見ていきましょう。

12世紀に誕生したフランス最古の大学

パリ大学は12世紀に設立された、フランスで最初の大学です。ヨーロッパではボローニャ大学やオックスフォード大学と並ぶ、最も古い大学の一つとして知られています。当時のパリはヨーロッパ屈指の学問の中心地であり、神学や諸学を修めるために各国から学生や学者が集まってきました。

4つの学部からなる教育体制

中世のパリ大学は、次の4つの学部によって構成されていました。

  • 教養学部(アルツ学部)
  • 法学部
  • 神学部
  • 医学部

シテ島から左岸へ――キャンパスの移転

大学は当初、セーヌ川に浮かぶシテ島に置かれていましたが、13世紀に入るとセーヌ川左岸へと移転しました。この一帯は後に「カルチエ・ラタン(ラテン地区)」と呼ばれるようになり、今日でもパリにおける学問の中心地として知られています。

ソルボンヌの創設と名声

1257年に創設された「ソルボンヌ」は、パリ大学を構成するカレッジの中でも最も有名なものの一つでした。やがて「ソルボンヌ」という名称は、パリ大学全体を指す通称として広く定着し、フランス学術の象徴となっていきます。

フランス革命による閉鎖とナポレオンによる再建

1793年、フランス革命の激動の中でパリ大学は閉鎖され、長い中断期を迎えました。その後、1806年にナポレオン・ボナパルトが大規模な教育制度改革を実施し、「アカデミー」と呼ばれる新しい大学組織とともに、新たなソルボンヌ大学が設立されました。これにより高等教育が復活し、ソルボンヌは再びパリの学問の中心としての地位を取り戻しました。

現代の大学群へ受け継がれた遺産

その後、1970年の大学改革において、旧パリ大学は13の自治大学へと分割されました。現在ではパンテオン・ソルボンヌ大学やソルボンヌ大学など、これらの大学群が中世以来の学術伝統を受け継いでいます。つまり、中世のパリ大学という単一の機関は姿を消したものの、その精神と遺産は現代のパリの大学たちの中に確かに生き続けているのです。