「パリはシルクロードを何のために利用したのか」という疑問に対する答えは、意外なものです。実は、シルクロードはパリには到達していなかったのです。つまり、パリが直接シルクロードを利用することはありませんでした。
シルクロードとはどのような交易路だったのか
シルクロードとは、紀元前200年頃から1453年までの間に機能していた広大な交易路網のことです。このネットワークは東洋と西洋を結ぶ架け橋として機能し、その範囲は東アジアの朝鮮半島から、西は地中海にまで及んでいました。
シルクロードの主な経由地
シルクロードのヨーロッパ側の終着点は、主に地中海沿岸の都市やビザンツ帝国の首都であったコンスタンティノープル(現在のイスタンブール)などでした。中国から運ばれた絹や香辛料などの商品は、これらの中継都市を経由してさらに西方へと渡っていきました。
では、パリの商品はどうやって手に入れたのか?
パリを含む西ヨーロッパの都市は、シルクロードそのものではなく、ヴェネツィアやジェノヴァといった地中海貿易都市を通じた中継交易によって、東方の品々を間接的に入手していました。つまり、シルクロードの恩恵は何段階もの商人の手を経て、ようやくパリのような内陸都市に届いたのです。
まとめ
パリはシルクロードを直接利用したわけではなく、シルクロード自体もパリまで延伸していませんでした。シルクロードは朝鮮半島から地中海までを結ぶ交易網であり、パリはその先にある中継貿易を通じて間接的に東西交流の恩恵を受けた都市だと言えます。