「イングランド国王ウィリアム3世はハンプトン・コート宮殿に住んでいたのか?」という疑問を持つ方は少なくありません。結論から言えば、ウィリアム3世はこの宮殿に長期間滞在した君主の一人であり、むしろハンプトン・コートの歴史において最も重要な役割を果たした人物の一人です。
ハンプトン・コート宮殿とテューダー朝の時代
ハンプトン・コート宮殿は、もともと枢機卿トマス・ウルジーが1514年頃から建設を始めた豪華な邸宅でした。後にヘンリー8世がこれを手に入れ、テューダー朝期には王族の主要な居城として栄えることになります。ヘンリー8世をはじめ、エドワード6世、メアリー1世、エリザベス1世など、テューダー朝の君主たちがこの宮殿をたびたび利用していました。
ウィリアム3世とメアリー2世による大改築
しかし、宮殿の歴史はテューダー朝で終わりではありません。1688年の名誉革命後に即位したウィリアム3世と妻のメアリー2世は、ハンプトン・コートを自らの主要な居城とすることを決めました。二人は著名な建築家クリストファー・レンに命じ、古いテューダー朝の宮殿を壮麗なバロック様式の新宮殿へと生まれ変わらせる大規模な再建計画を実行したのです。
当初はテューダー朝時代の建物の大部分を取り壊す構想もありましたが、予算の制約により、敷地の半分ほどの建て替えにとどまりました。それでも、現在も訪れる人々を圧倒する壮大なファサードや美しい回廊、整然とした庭園の多くは、この時期に誕生したものです。
メアリー2世の死とウィリアム3世の晩年
ハンプトン・コートはウィリアム3世にとって特別な場所でした。1694年、メアリー2世は天然痘のため、この宮殿で亡くなっています。ウィリアム3世はその後も宮殿との関わりを保ち続け、1702年に亡くなるまで夏の居城として愛用しました。
その後のハンプトン・コート宮殿
ウィリアム3世の後も、アン女王やジョージ1世、ジョージ2世といった初期ハノーヴァー朝の君主たちが宮殿を使用しましたが、18世紀半ば以降は君主がここに定住することはなくなりました。この宮殿に住んだ最後の君主はジョージ2世だとされています。
まとめると、ウィリアム3世はハンプトン・コート宮殿を長期にわたって実際に使用しただけでなく、クリストファー・レンによる大改築を通じて、今日私たちが目にする宮殿の姿を作り上げた重要人物なのです。