マスタードガス(硫黄マスタード)が最初に合成されたのは、1822年のことです。フランスの化学者セザール=マンシュエット・デプレッツ(César-Mansuète Despretz)によって初めて作り出されました。
しかし当時のデプレッツは、この物質が持つ強烈な刺激性や毒性に気づいておらず、その危険な特性は記録されませんでした。化学兵器としての性質が認識されるのは、それから約1世紀後、第一次世界大戦まで待たなければなりませんでした。
合成から「毒ガス」認識までの歩み
マスタードガスの研究は19世紀を通じて少しずつ進みました。1860年にはイギリスの化学者フレデリック・ガスリー(Frederick Guthrie)が、この物質に皮膚をただれさせる水疱性の作用があることを報告しています。さらに1886年にはドイツの化学者ヴィクトル・マイヤー(Viktor Meyer)が純粋な形での合成法を確立し、その猛毒性が広く知られるようになりました。
第一次世界大戦での実戦使用
1917年7月、ドイツ軍がベルギーのイーペル(Ypres)近郊でマスタードガスを実戦投入したことで、この物質は一躍世界にその名を知られることになります。この戦場での使用がきっかけとなり、「イペリット(Yperite)」という別名でも呼ばれるようになりました。
マスタードガスは皮膚や目、呼吸器を深刻に損傷させる恐ろしい兵器でしたが、皮肉にもこの悲劇的な経験が、後に国際的な化学兵器禁止条約につながる動きの原点となりました。