ヨーロッパの歴史

第一次世界大戦でフランスを打倒するためのドイツの作戦名とは?「シュリーフェン・プラン」を解説

シュリーフェン・プランとは

第一次世界大戦において、ドイツがフランスを短期間で打倒することを目指した戦略の名称は、「シュリーフェン・プラン(Schlieffen Plan)」です。

この作戦は、ドイツ陸軍参謀総長アルフレート・フォン・シュリーフェン元帥にちなんで名付けられました。彼は1905年頃、この大胆な軍事計画を策定しました。

作戦の概要

シュリーフェン・プランの中核となる考え方は、以下のようなものでした。

・ベルギーとルクセンブルクを経由して大規模な攻撃を行う
・パリを包囲し、フランス軍の補給線を遮断する
・東部戦線に回る前に、まず西側でフランスを迅速に降伏させる

背景と目的

当時のドイツは、東のロシアと西のフランスという二正面作戦を避けたいという事情を抱えていました。ロシアの動員には時間がかかると予想されたため、その隙を利用して先にフランスを撃破し、その後全軍を東部に転じてロシアと対峙する、という構想でした。

しかし実際には、1914年に開戦するとベルギーの抵抗やフランス軍の反撃、マルヌの戦いでの頓挫などにより、計画は当初の目標を達成できませんでした。結果として戦争は長期化し、塹壕戦による消耗戦へと移行していきました。