結論から言えば、ナチス・ドイツは第二次世界大戦中に核兵器を開発することも、実際に保有することもありませんでした。
マンハッタン計画とは何だったのか
第二次世界大戦中に原子爆弾の開発へとつながった極秘の研究開発計画が、いわゆるマンハッタン計画です。この計画は、主にアメリカ合衆国、イギリス、カナダの3か国による共同の科学プロジェクトとして推進されました。
興味深いことに、この計画にはドイツを含む他の国々出身の科学者たちも協力していました。その多くは、ナチス政権の弾圧や迫害を逃れて亡命したユダヤ系科学者たちであり、アルベルト・アインシュタインやレオ・シラードらのように、祖国ドイツの脅威に対抗するために原爆開発に参加した人々も少なくありませんでした。
ドイツ側の核開発はどうだったのか
一方、ドイツにも「ウランクラブ(Uranverein)」と呼ばれる核研究プログラムが存在し、物理学者ヴェルナー・ハイゼンベルクらが原子炉の研究などを進めていました。しかし、以下のような要因により、ドイツが原爆を完成させることはありませんでした。
- 優秀な科学者や必要な資源(ウラン、重水など)の慢性的な不足
- ナチス政権による研究への介入と優先順位の低さ
- 連合軍による重水生産施設への破壊工作などの妨害
こうした背景の中、1945年8月にはマンハッタン計画の成果である原子爆弾が広島と長崎に投下され、第二次世界大戦は終結しました。ドイツの核開発計画は、実用段階に達しないまま歴史の表舞台から消えることとなったのです。