ヨーロッパの歴史

ソ連の拡大と共産主義の拡散を防ぐという信念は「封じ込め政策」と呼ばれた

「封じ込め政策(コンテインメント)」とは

アメリカがソビエト連邦(USSR)の拡大を阻止し、共産主義の蔓延を防がなければならないとする信念は、「封じ込め政策」(英語:Containment Policy、コンテインメント)と呼ばれました。これは第二次世界大戦後の冷戦時代におけるアメリカ外交の基本方針となった考え方です。

封じ込め政策の誕生背景

1945年に終結した第二次世界大戦後、東ヨーロッパ諸国に共産主義政権が次々と樹立され、ソ連の勢力圏が急速に拡大しました。これに対し、西側諸国のリーダーであったアメリカは、共産主義のさらなる拡大を食い止める必要があると強く認識するようになりました。

ジョージ・ケナンの提言

封じ込め政策の理論的基礎を築いたのは、アメリカ外交官のジョージ・F・ケナンです。彼は1946年の「長文電報」(ロング・テレグラム)や1947年の論文「X論文」の中で、ソ連の膨張主義的な性質を分析し、軍事衝突ではなく政治的・経済的・軍事的な圧力によってソ連の影響力を「封じ込める」べきだと主張しました。

具体的な政策への展開

封じ込め政策は、以下のような具体的な施策として実行されました。

  • トルーマン・ドクトリン(1947年): トルーマン大統領が、共産主義化の脅威にさらされるギリシャやトルコへの支援を宣言し、封じ込め政策の公式な出発点となりました。
  • マーシャル・プラン(1948年): 西欧諸国への大規模な経済援助により、経済的混乱から生じる共産主義の浸透を防ぎました。
  • NATOの創設(1949年): 西側諸国による集団安全保障体制を構築し、ソ連に対する軍事的抑止力としました。

冷戦史における意義

封じ込め政策は、以降数十年にわたる冷戦期のアメリカ外交の柱であり続けました。朝鮮戦争やベトナム戦争など、この政策に基づく介入も少なくありませんでした。1991年のソ連崩壊をもって、この政策は一定の成果を収めたと評価されています。