ニューイングランドの生計手段の概要
アメリカ植民地時代、ニューイングランド地方(現在のマサチューセッツ、コネティカット、ロードアイランド、ニューハンプシャー、メイン)に住む大多数の人々は、主に二つの形で生計を立てていました。それは「自給自足を目的とした小規模な家族経営の農業」と、「造船や漁業といった商業活動」です。
1. 家族単位の自給自足農業
ニューイングランドの典型的な家庭は、小規模な家族農場を営んでいました。ここでの農業は市場で売るためというより、まず自分たちの家族が食べる分の食料を確保するための自給自足(サブシステンス)農業でした。
トウモロコシ、ライ麦、小麦などの穀物を中心に、野菜や豆類を栽培し、牛や豚などの家畜も飼育していました。厳しい冬を乗り切るために、食料の保存や備蓄が生活の要となっていました。
なお、ニューイングランドは岩が多く痩せた土壌と冷涼な気候に恵まれていなかったため、南部植民地のような大規模なプランテーション農業は成立しませんでした。この地理的条件こそが、小規模農業と後述の海運産業への依存を促すことになったのです。
2. 商業活動:造船・漁業・ラム酒製造
農業だけでは不十分だったため、多くの人々が海に近い立地を活かした商業活動にも従事していました。
造船業
内陸部に豊富な森林資源(マストに適した高い松など)があったことから、ニューイングランドは植民地アメリカにおける造船業の中心地となりました。ボストンなど港湾都市では船大工として働く人が多く、建造された船は大西洋貿易を支える重要な輸出品にもなりました。
漁業
沖合の豊かな漁場では、タラ(コッド)をはじめとする漁が盛んに行われました。塩漬けにした干しタラはヨーロッパや西インド諸島へ輸出され、ニューイングランド経済の柱の一つとなりました。
ラム酒の蒸留
カリブ海の島々から輸入された糖蜜(モラセス)を原料に、ラム酒を蒸留する産業も発展しました。これは「三角貿易」と呼ばれる大西洋交易網の一部であり、ラム酒はアフリカへの交易品や北米内の商品として大きな役割を果たしました。
まとめ
植民地時代のニューイングランドでは、人々は岩だらけの土地での小規模な自給農業を生活の基盤としながら、海と森に恵まれた環境を活かして造船・漁業・ラム酒製造といった商業活動で収入を補っていました。この「農業と海洋商業の組み合わせ」こそが、ニューイングランド独特の経済と社会を形作ったのです。