結論:ヨーロッパ全土ではなかった
ローマ帝国は最盛期(トラヤヌス帝の時代、西暦117年頃)には、ヨーロッパの大部分、北アフリカ、そして中東の広大な領域を支配下に置いていました。しかし、その版図がヨーロッパ全土を覆うことは、歴史を通じて一度もありませんでした。
ローマ帝国が支配した主な地域
帝国の領土は時代とともに拡大と縮小を繰り返しましたが、様々な時期において、以下のような現在の国々の一部を統治していました。
スペイン、フランス、イタリア、ドイツ(ライン川以西・以南)、オーストリア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、ギリシャ、トルコ、シリア、レバノン、イスラエル、エジプト、チュニジア、アルジェリア、モロッコなどが挙げられます。
地中海を「我々の海(マーレ・ノストルム)」と呼んだほど、帝国は地中海世界全体を掌握していたのです。
ローマの支配が及ばなかった地域
一方で、スカンジナビア半島、ポーランド、ロシアなど、ヨーロッパの一部地域は、ローマ帝国の領土となることは決してありませんでした。これらの地域は、帝国の支配圏の外側、いわゆる「バルバリクム(蛮族の地)」とみなされていました。
特にライン川以東やドナウ川以北のゲルマン民族の居住地に対しては征服が試みられたものの成功せず、結果的にこれらの大河が帝国の防衛線としての役割を果たすことになりました。
まとめ
ローマ帝国は古代世界最大級の超大国でありながら、あくまで「地中海を中心とした文明圏」の帝国でした。ヨーロッパ北部や東部の広大な土地は、その支配の手から常に外れていたという点を押さえておきましょう。