ローマがエルサレムを初めて占領したのは、紀元前63年のことです。当時のローマ共和国で東方遠征を指揮していた将軍ポンペイウス(グナエウス・ポンペイウス)が、内紛に揺れていたユダヤ王国に介入し、エルサレムを攻略しました。これにより、ユダヤ地方はローマの勢力圏に組み込まれることになります。
ローマ介入の背景
当時のユダヤはハスモン朝の支配下にありましたが、王位継承をめぐる兄弟間の内乱(ヒルカノス2世とアリストブロス2世の対立)で国力が疲弊していました。両者はそれぞれローマに支援を求めたため、ポンペイウスはこの機に乗じてシリアを併合し、さらにエルサレムへ進軍。城壁を突破して都市を占領し、以後ユダヤはローマの宗主権下に置かれました。
ローマ支配下のユダヤ
占領後もしばらくは、ヘロデ大王のような親ローマ派の王を通じた間接統治が続きましたが、紀元6年にはユダヤが正式にローマの属州となり、直接統治へと移行しました。
第一次ユダヤ・ローマ戦争と第二神殿の滅亡
ローマの重税や宗教的抑圧への不満が高まるなか、西暦66年から73年にかけて第一次ユダヤ・ローマ戦争(ユダヤ戦争)が勃発しました。この戦争で最も有名な出来事が、西暦70年のエルサレム陥落と第二神殿の破壊です。ティトゥス率いるローマ軍によって市街は制圧され、神殿は焼失しました。マサダ要塞の陥落(73年)をもって、ユダヤ側の抵抗はほぼ終息しています。
その後のエルサレム
第二次ユダヤ戦争(バル・コクバの乱、132〜135年)の鎮圧後、ローマはユダヤ人をエルサレムから追放し、都市をローマ式の植民都市「アエリア・カピトリナ」として再建しました。その後、エルサレムは数百年にわたりローマ(および後の東ローマ帝国=ビザンツ帝国)の支配下に置かれ続けます。
まとめ
- 初占領:紀元前63年(ポンペイウスによる攻略)
- 属州化:紀元6年
- 第二神殿破壊:西暦70年(第一次ユダヤ・ローマ戦争)
つまり「ローマがエルサレムを初めて占領したのはいつか」という問いに対する答えは、紀元前63年のポンペイウスによる征服です。ただし、今日一般に「ローマによるエルサレムの破壊」として記憶されているのは、西暦70年の出来事である点には注意が必要です。