第二次世界大戦の終結後、連合国は1945年から1946年にかけてドイツ・ニュルンベルクで国際軍事裁判を開廷しました。これは史上初めて、国家の指導者個人を戦争犯罪・人道に対する罪・侵略戦争の計画と実行などの容疑で法的に裁いた出来事であり、ナチス・ドイツの主要な指導者たちがその責任を問われました。
死刑判決を受けたナチス指導者
- ヘルマン・ゲーリング(Hermann Göring):国家元帥。有罪・死刑判決。しかし刑が執行される直前の1946年10月15日、獄中で服毒自殺しました。
- ヨアヒム・フォン・リッベントロップ(Joachim von Ribbentrop):外務大臣。有罪・死刑判決。絞首刑が執行された最初の被告となりました。
- ヴィルヘルム・カイテル(Wilhelm Keitel):陸軍元帥、国防軍最高司令部総長。有罪・死刑判決。
- エルンスト・カルテンブルンナー(Ernst Kaltenbrunner):国家安全保障本部(RSHA)長官。有罪・死刑判決。
- アルフレート・ローゼンベルク(Alfred Rosenberg):ナチスの主要イデオローグ。有罪・死刑判決。
- ハンス・フランク(Hans Frank):ポーランド占領地域総督。有罪・死刑判決。
- ヴィルヘルム・フリック(Wilhelm Frick):内務大臣。有罪・死刑判決。
- ユリウス・シュトライヒャー(Julius Streicher):反ユダヤ主義宣伝誌「シュテュルマー」の発行人として知られるプロパガンダ活動家。有罪・死刑判決。
- フリッツ・ザウケル(Fritz Sauckel):労働力動員全権委員。有罪・死刑判決。
- アルフレート・ヨードル(Alfred Jodl):国防軍作戦部長。有罪・死刑判決。
- アルトゥール・ザイス=インクヴァルト(Arthur Seyss-Inquart):オーストリア出身で、後にオランダ占領地域弁務官を務めた人物。有罪・死刑判決。
禁固刑を受けた指導者
- アルベルト・シュペーア(Albert Speer):軍備大臣。有罪・禁固20年の判決。
- コンスタンティン・フォン・ノイラート(Konstantin von Neurath):元外務大臣。有罪・禁固15年の判決。
無罪判決を受けた人物
- ヤルマー・シャハト(Hjalmar Schacht):元経済大臣。無罪放免。
- フランツ・フォン・パーペン(Franz von Papen):元副首相。無罪放免。
ニュルンベルク裁判の歴史的意義
この裁判では、上記のほかにも様々な判決が下されました。例えば、ナチス党官房長のマルティン・ボルマンは欠席裁判のまま死刑判決を受け、親衛隊全国指導者ハインリヒ・ヒムラーや宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルズ、総統アドルフ・ヒトラー自身は裁判前に自殺していたため起訴されませんでした。
ニュルンベルク裁判は、「命令に従っただけ」では個人の責任を免れないという原則を確立した点で、現代国際法、特に戦争犯罪や人道に対する罪の追及の礎となりました。現在の国際刑事裁判所(ICC)の理念にも、この裁判で示された正義の考え方が受け継がれています。