ヨーロッパの歴史

ヒトラー政権のリッベントロップはオタワでシャンパン商を営み、ホッケーまでしていた?その実像を解説

ヨアヒム・リッベントロップといえば、ナチス・ドイツの外務大臣として知られる人物ですが、彼がカナダ・オタワに住み、上流階級向けにシャンパンを販売し、さらにはアイスホッケーまで楽しんでいたという話には、かなりの事実が含まれています。

オタワでのシャンパン商人時代

リッベントロップは1920年代後半、カナダの首都オタワに移り住み、酒類輸入会社「リーベン&フィーネン社」を設立しました。彼はフランス産シャンパンやワインを輸入し、オタワのエスタブリッシュメント(支配層・名士たち)に販売して成功を収めました。

この事業の背景には、彼がドイツ有数のシャンパンメーカー「ヘンケル」の創業者一族であるアンネリーゼ・ヘンケルと結婚していたことがあります。妻の実家とのつながりが、彼の酒類ビジネスを支えていたのです。

ホッケーをプレーしたのは本当?

オタワの社交界に溶け込んでいたリッベントロップが、現地でアイスホッケーを楽しんだという逸話も残されています。当時のカナダではホッケーは国民的スポーツであり、社交の一環として氷上に立っていた可能性は十分に考えられます。ただし、この点については詳細な記録が少なく、断片的な証言に基づく話として伝えられているのが実情です。

ヒトラーの側近になったのは後になってから

重要なのは、この時期のリッベントロップはまだ「ヒトラー政府の人間」ではなかったという点です。彼がナチ党に入党したのは1932年、つまりオタワ時代の後です。

政権発足後の1933年には特使として起用され、1936年に駐英大使に任命されました。そして1938年に外務大臣に就任し、独ソ不可侵条約(1939年)の交渉などで中心的な役割を果たすことになります。

まとめ

つまり、「オタワに住み、エスタブリッシュメントにシャンパンを売った」という部分はほぼ事実であり、「ホッケーをプレーした」という逸話も伝えられています。ただし、それは彼がヒトラーの側近となる前、一介の実業家だった時期の話なのです。