ナポレオン戦争の時代からその終結にかけて、ヨーロッパ各国は数々の条約によって領土や政治体制を大きく変更されることとなりました。ここでは、特に重要な5つの条約を取り上げ、それぞれが各国にどのような影響を与えたのかを解説します。
パリ条約(1814年)
ナポレオンの退陣後に締結されたこの条約により、フランスはプロイセン、ロシア、オーストリア、イギリスに対して領土を割譲することになりました。さらに、フランスには賠償金の支払いが課され、ブルボン家による王政の復古も求められました。
ウィーン会議(1815年)
ナポレオン戦争後の欧州秩序を再構築したウィーン会議では、戦前の勢力均衡を回復するため、ヨーロッパの地図が大幅に引き直されました。主な成果として、以下が挙げられます。
- ドイツ連邦の設立
- ネーデルラント王国の成立
- スイス連邦の創設
ティルジット条約(1807年)
プロイセンはフランスに領土の半分を奪われ、大きな打撃を受けました。加えて、賠償金の支払いを余儀なくされ、大陸封鎖令(大陸システム)への参加も強制されました。
シェーンブルン条約(1809年)
オーストリアはフランスおよびその同盟国に対して領土を割譲し、多額の賠償金の支払いを義務付けられました。さらに、大陸封鎖体制への参加も強いられるなど、国力の著しい低下を強いられました。
リュネヴィル条約(1801年)
フランスはライン川左岸の支配権を獲得し、勢力を大きく拡大しました。一方、オーストリアはフランスに領土を奪われただけでなく、フランス共和国という新体制を正式に承認せざるを得なくなりました。
まとめ
これらの条約は、勝者であるフランスが一時的に覇権を握った時期のものと、ナポレオン失脚後に秩序を再建するために結ばれたものの両方を含みます。いずれもヨーロッパの国境線と政治的均衡を根本から変え、その後の近代欧州史の方向性を決定づける重要な転換点となりました。