答え:南アジア・東アジア市場への直通交易路を求めて
15世紀から16世紀にかけて、ポルトガルやスペインをはじめとするヨーロッパ諸国が世界探検、いわゆる「大航海時代」へ踏み出した最大の動機は、南アジアおよび東アジアの市場へ直接つながる交易路を見つけることでした。
オスマン帝国による交易路の遮断
15世紀、オスマン帝国(オスマン・トルコ)が中東および北アフリカ地域への支配を拡大するにつれ、それまでヨーロッパとアジアを結んできた確立された陸上交易路が次第に封鎖されていきました。
この交易の途絶により、ヨーロッパでは香辛料、絹、磁器といった高く珍重されていたアジア産品が深刻な不足に陥り、その価格は急騰しました。
新たな航路を求めた商人と君主たち
こうした状況を受け、ヨーロッパの商人や君主たちは、これらの貴重な商品を中継地や仲介者なしで直接手に入れる方法を模索し始めました。既存の陸路に代わる「海からの新しいルート」の開拓こそが、彼らにとって死活問題だったのです。
この強い需要が、ヴァスコ・ダ・ガマの喜望峰経由でのインド到達やコロンブスの西回り航海など、一連の探検航海を後押しし、結果として大航海時代の幕開けにつながりました。