「鉄器文化を最初に築いたのはヒッタイト人だ」というイメージは広く知られています。確かにヒッタイトは鉄と深い関わりを持った古代文明ですが、「インド・ヨーロッパ系民族として初めて鉄を利用した」という点になると、話は少し違ってきます。
近東最古の鉄の痕跡は紀元前4千年紀のアナトリア
近東における鉄の利用の歴史は非常に古く、ヒッタイト人が後に暮らすことになるアナトリア(現在のトルコ)では、早くも紀元前4千年紀にまで遡る鉄加工の証拠が見つかっています。
ただし、この時代に使われていたのは、主に鉄隕石から採れる「隕鉄(いんてつ)」でした。隕鉄は鉱石を精錬しなくても加工できる貴重な素材で、エジプトのツタンカーメン王墓から出土した隕鉄製の短剣のように、王侯の宝物や儀礼用具として珍重されました。鉄が「青銅に代わる実用的な金属」として認識されるには、まだ長い時間が必要だったのです。
鉄を本格的に活用したのはミタンニの人々
インド・ヨーロッパ系の言語・文化を持つ民族の中で、最初に鉄を実用レベルで活用したのは、ヒッタイト人ではなくミタンニの人々だとされています。ミタンニは紀元前15世紀頃、北シリアから南東アナトリアにかけて栄えた大国で、フルリ人を主体としながら、インド・イラン語派につながる名前や神々を持つ支配層を擁していました。
ミタンニは、馬の調教法を記した世界最古級の教本(キックリ文書)でも知られており、当時の最先端技術の担い手だったことがうかがえます。鉄の鍛造技術においてもミタンニの職人は高い評価を受け、鉄は金と同等かそれ以上の価値を持つ品として扱われていました。
ヒッタイトと鉄の関係
もちろん、ヒッタイトが鉄と無縁だったわけではありません。古ヒッタイト時代の「アニッタ文書」には鉄の玉座や鉄の笏(しゃく)が登場しており、鉄が権威の象徴として扱われていたことが分かります。ただし、当時の鉄は依然として希少で、武器や道具の主力はあくまで青銅でした。
鉄器時代への本格的な移行
鉄が一般に普及するのは、紀元前1200年頃の「青銅器時代の崩壊」以降のことです。地中海世界の交易網が崩壊して錫(すず)の供給が途絶えると、各地で鉄の精錬・鍛造技術が独自に発展し、いわゆる鉄器時代が幕を開けました。
まとめ
ヒッタイト人は、インド・ヨーロッパ系民族として初めて鉄を利用したわけではありません。近東最古の鉄の痕跡は彼ら以前の紀元前4千年紀のアナトリアに遡り、鉄を本格的に活用した最初のインド・ヨーロッパ系の勢力は、北シリアから南東アナトリアに勢力を張ったミタンニの人々だったと考えられています。とはいえ、鉄器時代の幕開けという大きな歴史の流れの中で、ヒッタイトとアナトリアが果たした役割は決して小さくないのです。