ヨーロッパの歴史

キプロスはいつからイギリスの支配下に?大英帝国との関係と独立までの歴史

キプロスは、厳密な意味では「大英帝国の一部」になったことはありません。しかし、1878年から1960年までの約80年間にわたり、イギリスの支配下に置かれていました。ここでは、その経緯を時代順に解説します。

1878年:イギリスによる租借

1878年、露土戦争(1877〜78年)でロシアに対抗する必要に迫られたオスマン帝国は、キプロス協定により同島の統治権をイギリスに委ねました。この時点ではキプロスは名目上オスマン帝国の領土であり続けたため、「正式な帝国領」とはいえないのが実情です。

1914年:イギリスによる併合

第一次世界大戦が勃発し、オスマン帝国がドイツ側(中央同盟国)に参戦すると、イギリスは1914年11月にキプロスを正式に併合しました。その後、1923年のローザンヌ条約でトルコがキプロスに対する権利を放棄し、翌1925年にはキプロスはイギリスの「王領植民地(クラウン・コロニー)」となりました。

1959年まで:王領植民地としての時代

1959年に独立への道筋がつくまで、キプロスはイギリスの王領植民地として統治されました。この期間、ギリシャとの統合(エノシス)を求める住民運動が高まり、1955年以降はEOKA(キプロス戦士全国組織)による武装闘争も展開されるなど、独立をめぐる動きが活発化していきました。

1960年:キプロス共和国の誕生

1960年8月16日、キプロスはイギリスから独立し、キプロス共和国として新たな一歩を踏み出しました。ただし、イギリスは現在でも島内南部にアクロティリおよびデケリアという主権基地領域を保持しており、イギリスとの関係は現代にも痕跡を残しています。