結論から言えば、いいえ。入植者がイギリス軍の宿舎や食料の提供を拒否しても、それは反逆罪(トレイソン)とはみなされませんでした。
1765年の「駐屯法」とは何か
1765年に制定された駐屯法(クォータリング・アクト)は、北米植民地の住民に対して、イギリス軍の兵士に宿舎と食料を提供することを義務づけた法律です。当時のイギリスは、フレンチ・インディアン戦争後も北米大陸に大規模な軍軍隊を駐留させており、その維持コストを植民地側に負担させようとしました。
拒否しても「反逆罪」にならなかった理由
駐屯法はあくまで行政上の義務を定めた法律であり、これに従わなかった場合に科されるのは罰則や法的な不利益であって、「国家への裏切り」を意味する反逆罪ではありませんでした。反逆罪は王や国家そのものに対する敵対行為に適用される重大な犯罪であり、単なる法令の不履行とは性質がまったく異なるものだったのです。
それでも植民地人の強い反発を招いた
ただし、この法律は植民地の人々に大きな不満をもたらしました。兵士を自宅に受け入れることは、プライバシーの侵害であり、家計にも深刻な負担となったからです。特に1774年の第2次駐屯法に対しては激しい抵抗が起こり、この「平時にも軍隊を民間の住宅に駐屯させる」行為は、1776年の独立宣言において、イギリス国王ジョージ3世への批判事項の一つとして明記されました。
まとめ
イギリス軍への宿舎提供の拒否は反逆罪ではなく、あくまで法令への不服従にとどまるものでした。しかし、こうした個々の抵抗が積み重なり、やがてアメリカ独立革命という大きなうねりへと発展していったのです。