冷戦期(1945年〜1982年)、アメリカは世界各地でソ連の勢力拡大を防ぐため、経済支援、軍事同盟、さらには直接的な軍事介入など、多様な手段を駆使した「封じ込め政策」を展開しました。ここでは、地域別にその主な取り組みを解説します。
西ヨーロッパ
- マーシャル・プラン: 第二次世界大戦で疲弊した西欧諸国の経済再建を支援するため、アメリカは大規模な経済援助を実施しました。この援助には、ヨーロッパにおける共産主義の拡大を防ぐという重要な狙いがありました。
- NATO(北大西洋条約機構): 1949年、アメリカ・カナダ・西欧諸国によって結成された軍事同盟です。ソ連によるヨーロッパへの攻撃を抑止することを目的として設立され、冷戦期の西側防衛体制の要となりました。
東ヨーロッパ
- トルーマン・ドクトリン: 共産主義の脅威にさらされる国々に対し、アメリカが経済・軍事援助を提供するという政策です。東欧地域での共産主義の浸透を食い止めるために適用されました。
- ヤルタ会談: 1945年、アメリカ・ソ連・イギリスの首脳が会談し、戦後の東欧の勢力圏について協議しました。その結果、ソ連は東欧の大部分を勢力下に置き、ギリシャやトルコは西側陣営の影響圏として位置づけられました。
アジア
- 朝鮮戦争(1950年〜1953年): 北朝鮮と韓国の間で勃発した戦争です。アメリカは北朝鮮による韓国の占領を防ぐため、国連軍の中核として参戦しました。
- ベトナム戦争(1954年〜1975年): 北ベトナムと南ベトナムの間で続いた紛争です。アメリカは南ベトナムの防衛のため大規模に介入しましたが、最終的には撤退を余儀なくされました。
- アフガニスタン: 1979年のソ連によるアフガニスタン侵攻に対し、アメリカは現地の抵抗勢力(ムジャヒディン)へ武器や資金を供与して対抗しました。
ラテンアメリカ
- キューバ危機(1962年): ソ連がキューバに核ミサイルを配備したことをめぐり、米ソが激しく対立した事件です。アメリカはキューバを海上封鎖し、ミサイル撤去まで武力行使も辞さない姿勢を示しました。最終的にソ連はミサイルの撤去に同意しました。
- チリ・クーデター(1973年): アメリカは、チリのサルバドール・アジェンデ大統領を打倒する軍事クーデターを支持しました。この結果、17年間にわたる軍事独裁政権が成立しました。
- イラン・コントラ事件(コントラゲート): 1980年代のアメリカを揺るがした政治スキャンダルです。イランへの武器の違法売却で得た資金を、ニカラグア政府と戦う反政府ゲリラ「コントラ」の支援に充てていたことが発覚しました。
このように、アメリカの封じ込め政策はヨーロッパからアジア、ラテンアメリカにまで及び、冷戦期の国際政治の枠組みを大きく形づくりました。