ヨーロッパの歴史

フィリップ2世は本当にギリシャを征服したのか?マケドニア王国とギリシャの真実

フィリップ2世はギリシャを完全に征服したのか?

「マケドニアのフィリップ王がギリシャを征服した」という表現はよく見られますが、厳密には正確ではありません。フィリップ2世(紀元前382年〜紀元前336年)は確かにギリシャの多くのポリス(都市国家)を支配下に置きましたが、すべての都市国家を征服したわけではないのです。

カイロネイアの戦いとギリシャへの覇权確立

紀元前338年、フィリップ2世はカイロネイアの戦いでアテナイとテーバイの連合軍を破り、ギリシャ本土における覇権を確立しました。その後、多くのポリスをコリントス同盟へ加盟させ、マケドニアの強い影響下に置くことに成功しました。

しかし、スパルタのように同盟への加盟を頑として拒み、事実上の独立を保ち続けた都市国家も存在しました。このため、「ギリシャ全土がフィリップの支配下に入った」と断言することはできません。

暗殺によって中断された野望

もう一つ重要な点は、フィリップ2世自身がギリシャ統合やペルシャ遠征といったさらなる計画を成し遂げる前に、紀元前336年に暗殺されてしまったことです。彼の壮大な構想は未完成のまま終わり、その事業は息子であるアレクサンドロス大王に引き継がれることになりました。

まとめ

つまり、フィリップ2世はギリシャの大部分を勢力圏に収めたものの、「ギリシャ全土を征服した」とまでは言えず、しかもその征服の過程は暗殺によって途中で中断されたのです。「征服者フィリップ」というイメージには、こうした留保が必要だと言えるでしょう。