1803年当時、ナポレオン・ボナパルトの影響力はフランス本国にとどまらず、ヨーロッパの広範な地域にまで及んでいました。ここでは、彼が直接・間接に統治した主な地域をわかりやすく整理してご紹介します。
フランス本国とその版図
まず中心となるのはフランス共和国です。注目すべき点として、当時のフランスには現在のベルギーおよびルクセンブルクにあたる地域も含まれていました。つまり、今日の国境線とは異なる、より広大な領域がナポレオンの支配下にあったのです。
イタリア半島における支配
イタリア方面では、イタリア共和国(ナポレオン自身が大統領を兼ねた衛星国家)と、トスカーナ地方に位置するエトルリア王国が彼の影響下に置かれていました。さらに、パルマ公国、ピアチェンツァ、グアスタッラといった北部の公国群や、サルデーニャ=ピエモンテ王国の一部、そしてリグーリア共和国(ジェノヴァ周辺)も含まれます。
アルプス以北の衛星国家
- ヘルヴェティア(スイス連邦):1803年の調停法により再編され、フランスの強い影響下に入りました。
- バタヴィア共和国:現在のオランダにあたり、フランスの傀儡国家として機能しました。
- ヴァレー(ヴァリス):アルプスの要衝であり、戦略的に重要な地域でした。
ナポレオンの立場:「第一執政」から「皇帝」へ
興味深いことに、ナポレオンの統治期間の大部分において、フランスは形式的には共和制を保っていました。1799年のブリュメール18日のクーデター後、ナポレオンは第一執政(コンスル)として実権を握り、その後1804年に皇帝ナポレオン1世として即位し、正式に帝政へと移行しました。このように、彼の支配は「共和国」という枠組みを保ちながら進められた点が、この時代の大きな特徴といえます。