ヨーロッパの歴史

バトル・オブ・ブリテンはどう終わったのか?「ザ・ブリッツ」への移行と歴史的転換点

明確な勝敗ではなく、新たな局面へ

バトル・オブ・ブリテン(英国航空戦)は、どちらか一方の圧倒的な勝利によって幕を閉じたわけではありませんでした。むしろ戦況は、「ザ・ブリッツ(The Blitz)」と呼ばれる新たな空戦の段階へと移行していきます。しかし、この戦い全体の帰結としては、ドイツ空軍の敗北で終わったと広く認識されています。

「ザ・ブリッツ」とは何だったのか

ザ・ブリッツとは、ドイツ空軍(ルフトヴァッフェ)がイギリスの各都市、とりわけロンドンに対して実施した一連の持続的な爆撃攻撃を指します。夜間を中心とした大規模な空襲により、イギリス側は甚大な物的被害と多くの民間人の犠牲を強いられました。

しかしながら、ドイツが狙っていた「イギリス国民の士気をくじき、降伏へ追い込む」という戦略目的は最終的に達成されませんでした。イギリス国民は空襲に耐え抜き、国家として戦い続ける意志を保ち続けたのです。

1940年秋、ドイツ空軍の敗北が意味したもの

一般に、バトル・オブ・ブリテンの終結は、1940年の秋にイギリス上空でドイツ空軍が敗北した時点であるとされています。イギリス空軍(RAF)が防空網を維持し続けた結果、ドイツは決定的な制空権を握ることができませんでした。

第二次世界大戦における重要な転換点

この戦いの帰結は、その後の戦局に決定的な影響を与えました。ドイツがイギリス上空の制空権を確立できなかったことは、イギリス本土への上陸侵攻作戦(「アシカ作戦」として知られる計画)の実施を事実上不可能にしたのです。

つまり、バトル・オブ・ブリテンにおけるイギリスの防衛成功は、西欧におけるナチス・ドイツの拡大を食い止る最初の大きな壁となり、第二次世界大戦全体の流れを左右する重大な転換点となったといえます。