ヨーロッパの歴史

フランスはいつ、どのようにして第二次世界大戦に参戦したのか?開戦の経緯と主要な出来事を解説

フランスが第二次世界大戦に参戦した直接的なきっかけは、1939年9月1日のドイツによるポーランド侵攻でした。フランスはポーランドと相互援助条約を結んでおり、ポーランドへの攻撃は同盟義務の発動を意味しました。その結果、1939年9月3日、フランスとイギリスはドイツに対して宣戦布告を行い、ヨーロッパは再び大規模な戦争へと突入することになったのです。

フランス参戦までの背景

第一次世界大戦後、フランスはドイツの再台頭を警戒し、東欧諸国との同盟網を構築してきました。中でもポーランドとの同盟はその要であり、ドイツの侵略に対する抑止力として機能することを意図したものでした。しかし、この同盟義務が現実に発動されたとき、フランスは十分な準備が整わないまま戦争に巻き込まれることになります。

第二次世界大戦の主要な出来事(年表)

1939年

  • 9月1日: ドイツがポーランドに侵攻。
  • 9月3日: フランスとイギリスがドイツに宣戦布告。
  • 9月17日: ソ連がポーランド東部に侵攻。

1940年

  • 4月9日: ドイツがデンマークとノルウェーに侵攻。
  • 5月10日: ドイツがベルギー、ルクセンブルク、オランダに侵攻し、西欧戦線が本格化。
  • 5月末〜6月初旬: 英仏軍がダンケルクから撤退(ダイナモ作戦)。
  • 6月14日: ドイツ軍がパリに入城。
  • 6月18日: シャルル・ド・ゴール将軍がロンドンから対独抗戦継続を呼びかけ、「自由フランス」運動が始まる。
  • 6月22日: フランスがドイツと休戦協定を締結。国土はドイツ占領地域とヴィシー政権下の非占領地域に分割される。
  • 7月10日: バトル・オブ・ブリテン(英国航空戦)が開始。
  • 9月27日: ドイツ、イタリア、日本の間で日独伊三国同盟が調印。

1941年

  • 12月7日: 日本が真珠湾を攻撃し、アメリカが参戦。
  • 12月11日: ドイツとイタリアがアメリカに宣戦布告。

1942年

  • 8月〜9月: スターリングラードの戦いが開始。
  • 11月8日: 連合軍が北アフリカに上陸(トーチ作戦)。

1943年

  • 2月2日: スターリングラードの戦いがソ連の決定的勝利に終わる。
  • 7月10日: 連合軍がシチリア島に上陸。
  • 9月3日: イタリアが連合国に降伏。

1944年

  • 6月6日: ノルマンディー上陸作戦(D-Day)が実施され、連合軍によるフランス解放が始まる。
  • 8月25日: パリが解放される。
  • 12月16日: ドイツ軍最後の大反攻「バルジの戦い」が開始。

1945年

  • 1月27日: ソ連軍がアウシュヴィッツ強制収容所を解放。
  • 4月30日: アドルフ・ヒトラーが自殺。
  • 5月8日: ドイツが連合国に降伏し、ヨーロッパの戦争が終結。

フランスの抵抗と解放への道

1940年の崩壊後も、フランスの戦いは終わりませんでした。亡命先のロンドンではド・ゴール将軍が「自由フランス」を率いて抗戦を続け、国内ではレジスタンス(抵抗運動)がゲリラ戦や情報提供、破壊工作によって占領軍を悩ませました。これらの活動はノルマンディー上陸作戦を支援し、フランス解放に大きく貢献しました。

まとめ

フランスの第二次世界大戦への参戦は、ポーランドとの同盟義務によってもたらされたものです。開戦当初はドイツ電撃戦の前に国土を分割される屈辱を味わいましたが、自由フランス軍やレジスタンスの活動は連合国の勝利に不可欠な存在でした。フランスは最終的に戦勝国の一つとなり、戦後は国際連合の安全保障理事会常任理事国として、国際社会で重要な役割を担うことになります。