はじめに
1919年のパリ講和会議において、イギリス首相デビッド・ロイド・ジョージとアメリカ合衆国大統領ウッドロウ・ウィルソンは、完全に同じ目的を共有していたわけではありませんでした。両者は「十四か条」に基づく講和という大原則では一致していたものの、その具体的な内容については大きく意見が異なっていました。
両者が共有していた目的
- 恒久的平和の実現: 両者とも、再び世界規模の紛争が起きるのを防ぎ、持続可能な平和秩序を築くことを最優先の目標としていました。
- 国際連盟の設立: 平和を維持するためには国際連盟が不可欠であるという認識で一致していました。
- ドイツへの適度な制裁: ドイツが第一次世界大戦の責任を問われ、ある程度の処罰を受けるべきであるとしつつも、過度に厳しい条件を課せば経済が立ち行かなくなり、賠償金の支払いすら不可能になると考え、制裁は程々にとどめるべきだという点でも見解を同じくしていました。
意見が分かれた点
1. 民族自決
ウィルソンは、オーストリア=ハンガリー帝国の諸民族を含むあらゆる民族の自決権を強く主張しました。これに対してロイド・ジョージは、イギリス帝国の維持・強化を優先しており、民族自決の原則にはウィルソンほどの熱意を示しませんでした。
2. 賠償問題
ウィルソンは、過大な賠償要求はドイツ経済を圧迫し、国の再建や国際社会への復帰を妨げるとして、賠償額の抑制を求めました。一方のロイド・ジョージは、ドイツの軍事力回復を防ぐために、むしろ重い賠償を課すべきだと考えていました。国内世論が「ドイツに代償を払わせよ」と強く求めていたことも、この姿勢を後押ししました。
3. 領土問題
ウィルソンは、民族的・国民的な境界線に基づいて国境を引き直すなど、より公正で公平な講和を実現しようとしました。しかしロイド・ジョージは、ヨーロッパにおける勢力均衡の維持とイギリスの国益の確保を重視し、その目的のためならば敗戦国との妥協も辞さない姿勢を見せました。
まとめ
こうした相違点を抱えながらも、ロイド・ジョージとウィルソンは協力関係を保ち、第一次世界大戦を正式に終結させるヴェルサイユ条約の締結にこぎつけました。同条約は、両指導者の異なる目的や理念の間で妥協が図られた産物だったといえるでしょう。