イングランド王ヘンリー8世(1491年~1547年)は、生涯で6人の妻と結婚したことで知られています。彼の結婚生活は、イングランドの歴史に大きな影響を与え、ローマ・カトリック教会からの離脱やイングランド国教会の設立につながりました。
ヘンリー8世の6人の妻と生年月日
以下が、ヘンリー8世の6人の妻たちの生年月日です。
1. アラゴンのキャサリン(Catherine of Aragon)
生年月日:1485年12月16日
スペイン王室出身の最初の妃。ヘンリーの兄アーサーの未亡人でしたが、兄の死後ヘンリーと結婚しました。娘は後のメアリー1世です。男子の継承者が生まれなかったことが離婚の原因となりました。
2. アン・ブーリン(Anne Boleyn)
生年月日:1501年頃~1507年頃(諸説あり)
2番目の妃。彼女との結婚を実現するため、ヘンリーはローマ教皇庁と対立しました。娘は後のエリザベス1世です。男子を産めなかったことや宮廷での陰謀により、不貞の罪で処刑されました。
3. ジェーン・シーモア(Jane Seymour)
生年月日:1508年頃
3番目の妃。ヘンリーが最も愛した妻と言われています。待望の男子エドワード(後のエドワード6世)を出産しましたが、産褥熱のため出産後まもなく亡くなりました。
4. クレーヴズのアン(Anne of Cleves)
生年月日:1515年9月22日
4番目の妃。ドイツのプロテスタント諸侯との同盟目的で政略結婚しましたが、ヘンリーは肖像画と実物のギャップに失望し、結婚はわずか数ヶ月で解消されました。離婚後もイングランドで穏やかな生活を送りました。
5. キャサリン・ハワード(Catherine Howard)
生年月日:1521年頃~1525年頃(諸説あり)
5番目の妃。アン・ブーリンの従姉にあたります。若くして王妃となりましたが、結婚以前および結婚中の不倫関係が発覚し、不貞の罪で処刑されました。
6. キャサリン・パー(Catherine Parr)
生年月日:1512年頃
6番目の妃。学識豊かな女性で、ヘンリーの晩年に支えました。ヘンリーの死後は再婚し、出産後に亡くなりました。彼女のおかげでヘンリーの3人の子どもたちとの関係が改善されたとも言われています。
まとめ
ヘンリー8世の6人の妻たちは、それぞれ異なる運命をたどりました。「離婚、処刑、死亡、離婚、処刑、生存」という言葉でその末路が語られることもあります。彼らの物語は、チューダー朝期の政治や宗教改革と深く結びついた、歴史上最も有名な結婚の歴史の一つです。