欧州上空で繰り広げられた空前の爆撃作戦
第二次世界大戦中、アメリカ陸軍航空軍(USAAF)はヨーロッパ戦域(ETO)において、歴史上類を見ない規模の戦略爆撃を実施しました。「昼間精密爆撃」を標榜する第8航空軍を中心に、ドイツの工業地帯・交通網・都市部へ向けて幾万もの出撃が繰り返されました。
では、これらの爆撃は実際にどれほどの人命を奪ったのでしょうか。ここでは、爆撃が与えた犠牲と、爆撃機側が受けた損失の両面から、その実像を見ていきます。
爆撃による犠牲者の規模
米英両軍による対独戦略爆撃で命を落としたドイツ民間人は、35万人前後から60万人近くに上ると推計されています。1943年のハンブルク空襲では火災旋風が発生し、わずか数日で約4万人が死亡しました。また、終戦直前の1945年2月に行われたドレスデン空襲では、2万人前後の犠牲者が確認されています。
さらに、フランス・ベルギー・オランダといった占領下の西欧諸国においても、事前爆撃や支援攻撃に伴う民間人の死者が数万人規模で発生しており、「空からの殺戮」はドイツ本国だけの問題ではありませんでした。
攻撃した側も大きな代償を払った
一方で、爆撃を実行した側の損害も決して小さいものではありませんでした。ある統計によれば、ヨーロッパ戦域におけるUSAAFの戦闘損失は合計2,689機に達し、その一方で、空中戦によって撃墜を公式に主張できた敵機はわずか1機にとどまると伝えられています。
B-17「フライングフォートレス」やB-24「リベレーター」は頑丈な防弾装備を誇りましたが、ドイツ軍の迎撃戦闘機と8.8cm高射砲を中心とした緻密な防空網の前では、搭乗員の生存率は決して高いものではありませんでした。特に護衛戦闘機の航続距離が不足していた1943年頃には、1回の出撃で10%前後の損耗が出ることも珍しくなかったといいます。
正確な数字が分かりにくい理由
当時の被害状況については、戦火による記録の焼失、行方不明者の存在、国境の変動や人口移動などの要因が重なり、正確な集計が極めて困難です。そのため、研究機関や出版物によって示される犠牲者数には幅があります。
それでも明らかなのは、第二次世界大戦のヨーロッパ戦域において、空からの爆撃が数十万人単位の命を奪うと同時に、爆撃機側にも数千機規模の損失という多大な代償をもたらしたという事実です。戦略爆撃が持つ圧倒的な破壊力と、その背後に潜む人道的コストを考える上で、これらの数字は今なお重要な意味を持っています。