ヨーロッパの歴史

もし1759年にフランス船がイギリス船に先んじてケベックに到着していたら?歴史が大きく変わっていたかもしれない「もしも」の考察

1759年9月、七年戦争(北米ではフレンチ・インディアン戦争と呼ばれる)の決定的な戦いとなったアブラハム平原の戦い。ウルフ将軍率いるイギリス軍がモンカルム侯爵のフランス軍を破り、ヌーベルフランスの首都ケベックは陥落しました。しかし、もしフランスの船がイギリス船より先にケベックに到着し、防備を固める時間を得ていたら、歴史はどうなっていたのでしょうか。

イギリスの勝利はあり得なかった

アブラハム平原の戦いでイギリスが勝利することはなかったと考えられます。イギリスの勝利がなければ、フランスはカナダの支配を維持でき、北米大陸の歴史の流れは大きく変わっていたはずです。

ここでは、考えられる主な歴史的帰結を5つの観点から見ていきましょう。

1. アメリカ独立戦争は起きなかったかもしれない

カナダにおけるフランスの勝利は、北米におけるフランスの勢力を強め、アメリカ植民地人がイギリスの支配に対する反乱を成功させる可能性を大きく下げていたでしょう。イギリスは植民地により強力な軍事プレゼンスを維持する必要に迫られ、一方でフランスがアメリカ側を支援する動機も薄れていたはずです。実際の歴史では、フランスの援助が独立戦争の勝利に不可欠でしたが、カナダがフランス領のままであれば、そのような支援は実現しにくかったと考えられます。

2. アメリカ合衆国ははるかに小さな国になっていた

当時、フランスはイギリスよりもはるかに広大な北米の領土を支配していました。カナダの支配を維持していれば、アメリカ合衆国の領土は大きく制限された可能性があります。合衆国はアパラチア山脈以東の地域にとどまり、西側の広大な土地の大部分はフランスの支配下に置かれていたでしょう。ミシシッピ川流域やルイジアナを含む内陸部の開発も、まったく異なる形で進んでいたはずです。

3. 先住民の部族はより強い立場にあった

フレンチ・インディアン戦争中、多くの先住民部族はフランスと同盟を組んでいました。フランスはイギリスに比べて植民政策が比較的寛容で、先住民との交易関係を重視していました。フランスが勝利していれば、先住民部族はより強い立場を保てたはずです。イギリスが先住民を制圧するのははるかに困難になり、各部族はより長い期間、自主性を維持できた可能性があります。

4. アメリカ合衆国の発展は異なるものになっていた

合衆国がより小さく弱い国だったなら、その発展の道筋もまったく違うものになっていたでしょう。合衆国はフランスとより緊密な関係を築いていた可能性が高く、国の文化や制度もフランスの影響を強く受けて形作られていたはずです。英語圏としてのアメリカという現代の姿は、存在しなかったかもしれません。

5. 世界のパワーバランスは一変していた

カナダにおけるフランスの勝利は、ヨーロッパおよび全世界のパワーバランスを大きく塗り替えていたでしょう。フランスは列強としての地位を盤石にし、イギリスは相対的に弱体化していたはずです。これはヨーロッパで新たな戦争の連鎖を引き起こす可能性があり、植民地帝国の構図も一変し、世界の未来はまったく異なるものになっていたと考えられます。

おわりに

1759年のケベック攻防戦は、一隻の船の到着の早迟が大陸の、ひいては世界の歴史を左右しうることを示す好例です。実際の歴史ではイギリスが勝利し、カナダはイギリス領となりましたが、もし結果が逆であれば、アメリカ独立戦争、合衆国の領土、先住民の運命、そして世界のパワーバランスまで、あらゆるものが今とは違う姿になっていたことでしょう。