ヨーロッパの歴史

第二次世界大戦でソ連がドイツに裏切られたのは何年?独ソ開戦の経緯を解説

第二次世界大戦において、ソ連(ソビエト連邦)がドイツから裏切られた年は1941年です。この裏切りは、1939年に両国が締結した不可侵条約の破棄という形で行われました。

独ソ不可侵条約(モロトフ=リッベントロップ協定)とは

1939年8月23日、ドイツとソ連は「独ソ不可侵条約」(モロトフ=リッベントロップ協定)に調印しました。この条約は、両国が互いに武力攻撃を行わないことを約束するものであり、当時の国際情勢において衝撃的な出来事として受け止められました。

さらにこの条約には、東欧における勢力圏を分割する秘密議定書が含まれていたとされ、ポーランドやバルト三国などの運命が事実上決定されていました。

1941年6月22日、バルバロッサ作戦の発動

しかし、その信頼関係は長く続きませんでした。1941年6月22日、ナチス・ドイツは突如としてソ連への全面侵攻を開始します。これが「バルバロッサ作戦」であり、独ソ不可侵条約を一方的に破棄する重大な裏切り行為でした。

ドイツ軍は約300万人規模の兵力を投入し、電撃戦によって急速にソ連領内へ進軍しました。ソ連は奇襲を受け大きな損害を被りましたが、モスクワ防衛戦などを経て態勢を立て直し、最終的にはスターリングラードの戦いやクルスクの戦いを転機として反攻に転じます。

歴史に与えた影響

この独ソ開戦は、第二次世界大戦全体の帰趨を大きく左右する出来事となりました。ソ連が連合国側に加わったことで戦争の規模は拡大し、東部戦線では史上類を見ない激しい消耗戦が繰り広げられることになりました。

まとめると、ソ連がドイツに裏切られたのは1941年であり、その象徴的な日付が6月22日のバルバロッサ作戦発動です。1939年の不可侵条約締結からわずか2年足らずでの破棄は、外交における信義の脆さを示す歴史的事例として今も語り継がれています。