この問いに対する答えは単純ではありません。第二次世界大戦中、ドイツ国民がナチスの絶滅収容所についてどの程度知っていたのかは、人によって大きく異なっていました。
戦争中に知られていた情報の範囲
戦争中、ナチス政権による残虐行為、とりわけ絶滅収容所での大量死に関する詳細な情報は、主としてその責務を直接担うナチス高官や関係機関の幹部だけが把握していました。政権は徹底的な情報統制を行い、絶滅計画(最終的解決)の全貌が国民に漏れることを強く警戒していたのです。
噂と疑念の広まり
しかし、大戦も後期に差し掛かると、ナチスの犯罪に関する証拠や噂が次第に広まり始めました。前線から帰還した兵士の証言、海外放送の盗聴、行方不明になったユダヤ人隣人の存在などにより、多くのドイツ国民は政権の裏で何らかの恐るべき行為が行われているのではないかと疑念を抱くようになりました。ただし、その規模や仕組みの全体像を正確に理解していた者はごく一部でした。
敗戦後に明らかになった全貌
ナチス・ドイツの敗戦後、連合国による調査、ニュルンベルク裁判などの戦犯裁判、記録映画やドキュメンタリーの公開を通じて、絶滅収容所の実態を示す圧倒的な証拠が次々と明るみに出ました。これらの証拠により、大量虐殺が組織的に実行され、それが特定の階層の官僚や軍人にまで知られていたこと、さらにはヒトラー本人および彼に近い高官たちによって直接承認されていた可能性が高いことが、広く認識されるようになったのです。
まとめ
つまり、「ドイツ国民は知っていたのか」という問いへの答えは、時期と立場によって異なります。戦争中は詳細を知る者は限られていたものの、噂レベルでの認識は広がり続け、敗戦後の調査と裁判によって犯罪の全貌が国民の前に完全に露呈した、と言えるでしょう。