「ソ連・ポーランド友好相互援助条約」(援助協定、または「三月協定」とも呼ばれる)は、ソビエト連邦とポーランド第二共和国との間で結ばれた相互援助条約です。1939年3月16日に調印され、ソ連にとってはドイツによるポーランドへの侵略を抑止するとともに、東欧における地域覇権国としての地位を確立するための手段とみなされていました。
条約の主な内容
この条約には、次の3つの主要な規定が含まれていました。
- 第三国による攻撃が発生した場合、両国は互いに援助を行うことに合意した。
- 共同の利益に影響を及ぼしうる国際問題について、相互に協議することに合意した。
- 条約の有効期間は10年とされた。
当初から存在した論争
条約は当初から議論の的となりました。ポーランド政府は、この条約が自国の独立を制限するのではないかと懸念し、一方のソ連政府は、条約がドイツの侵略を抑止するのに十分な効果を持たないのではないかと懸念していました。こうした懸念にもかかわらず、条約は両国によって調印・批准されました。
条約の試練――第二次世界大戦の勃発
条約が現実の試練にさらされたのは、それからわずか数ヶ月後のことでした。1939年9月1日、ナチス・ドイツがポーランドに侵攻したのです。しかし、ソ連は直ちにポーランドを援助せず、9月17日には今度はソ連自身が東からポーランドへ侵攻しました。この行動によりポーランド第二共和国は事実上崩壊し、第二次世界大戦の勃発につながりました。
補足:史実に関する留意点
なお、標準的な歴史記録において、1939年3月16日付でソ連とポーランド第二共和国の間に結ばれた「友好相互援助条約」は確認されていません。当時の東欧情勢を理解するうえでは、1932年のソ連・ポーランド不可侵条約、1939年8月25日の英波相互援助協定、そして1939年8月23日の独ソ不可侵条約(モロトフ=リッベントロップ協定)などの出来事が重要な鍵となります。本稿は提供された原文に基づいていますが、歴史的事実として参照する際には、信頼できる歴史文献や一次資料での確認をおすすめします。