サムター砦の戦いと北軍の指揮官
1861年4月12日に始まったサムター砦の戦いは、南北戦争の幕開けとなった歴史的な出来事です。ここで意外と知られていないのが、当時の北軍(連邦軍)には少将(Major General)は存在しなかったという事実です。
実際にサムター砦で北軍部隊を指揮していたのは、ロバート・アンダーソン少佐(Robert Anderson)でした。「将軍」と呼べる高級将校ではなく、少佐という階級の士官が守備隊の最高責任者を務めていたのです。
ロバート・アンダーソン少佐とはどんな人物?
アンダーソンはケンタッキー州出身の職業軍人で、米英戦争や米墨戦争にも従軍した経験を持つベテラン士官でした。1860年12月、チャールストン港周辺の政治的緊張が高まる中、彼は守りやすいサムター砦への移動を決断し、わずか80名余りの小規模な守備隊とともに同砦に入りました。
約34時間に及ぶ攻防の結末
1861年4月12日未明、南軍による最初の砲撃が開始されると、アンダーソン少佐と部下たちは約34時間にわたって抵抗を続けました。しかし弾薬と物資が尽きたため、4月13日に降伏し、翌14日に砦を明け渡しています。攻防そのものによる戦死者は出ませんでしたが、この陥落は北側に衝撃を与え、リンカーン大統領が7万5千人の義勇兵召集を宣言する直接のきっかけとなりました。
まとめ
サムター砦の戦いの時点で、北軍に少将はおらず、指揮を執っていたのはロバート・アンダーソン少佐です。圧倒的な劣勢の中で勇敢に応戦した彼の姿は、南北戦争の始まりを象徴するエピソードとして今も語り継がれています。