質問の前提には誤りがある
この問いの前提には、重要な誤りがあります。アドルフ・ヒトラーが1933年から1939年にかけて、ドイツ国民全体から「英雄」とみなされていたわけではないのです。確かに彼は1933年に政権を掌握し、ドイツ首相の座に就きました。しかし、その後の政策や行動は、国と国民に深刻な負の影響をもたらすことになりました。
政権初期に得られた支持
政権獲得当初、ヒトラーは一部のドイツ国民から支持を得ることに成功していました。背景には次のような要因があります。
- 世界恐慌からの経済復興政策
- 公共事業や軍需産業による雇用創出
- 軍備再武装や領土拡大による国民の誇りの回復
当時のドイツは600万人を超える失業者を抱えていましたが、これらの政策によって雇用情勢が目に見えて改善したことは事実であり、多くの人々が一時的に政権を支持する理由となりました。
強まり続ける抑圧と独裁
しかしながら、権力が強まるにつれ、ヒトラーの統治は抑圧的で独裁的な性格を色濃くしていきました。個人の自由は次々と奪われ、反対意見は徹底的に弾圧され、少数民族や政治的反対者への迫害がエスカレートしていったのです。1933年の国会議事堂放火事件を口実とした基本権の停止、秘密警察ゲシュタポによる国民監視、ダッハウ強制収容所の設立などは、その代表的な例といえます。
戦争への道とホロコースト
1930年代後半に入ると、ヒトラーは権力基盤をさらに固め、侵略的な外交政策を推し進めました。オーストリア併合(アンシュルス)やチェコスロバキアへの進出を経て、1939年9月のポーランド侵攻により第二次世界大戦が勃発します。同時に、ユダヤ人への迫害も「水晶の夜(クリスタルナハト)」と呼ばれる暴力的な事件へと悪化し、やがてホロコーストという悲劇的な大量虐殺へと至っていきました。
結論:英雄ではなく、歴史に残る悪逆の象徴
このように、ヒトラーに対する評価は時代とともに劇的に変化しました。経済復興という成果で一時的な支持を集めた時期はあったものの、それは自由と引き換えのものであり、多くの国民はやがて恐怖と抑圧の中で暮らすことになりました。1945年の終戦までに、彼は「英雄」どころか、人類史上最も悪名高い人物の一人として歴史に刻まれることになったのです。