1939年に核爆弾を製造したのは誰?
結論から言えば、1939年に核爆弾を製造した人物は存在しません。人類初の核爆弾が完成したのは1945年であり、同年7月16日にアメリカのマンハッタン計画によって最初の核実験(トリニティ実験)が実施されました。
1939年当時の状況
1938年末、ドイツの科学者オットー・ハーンとフリッツ・シュトラスマンがウランの核分裂を発見しました。この発見を受け、1939年には物理学者リーゼ・マイトナーとオットー・フリッシュが理論的な説明を行い、核エネルギーの軍事利用の可能性が世界的に議論され始めました。
さらに1939年8月には、アルベルト・アインシュタインとレオ・シラードがルーズベルト米大統領宛ての書簡(いわゆる「アインシュタイン=シラードの手紙」)を送り、ナチス・ドイツに先んじて原子爆弾を開発すべきだと警告しました。ただし、この時点ではあくまで研究段階であり、実際に爆弾が製造されるには至っていません。
マンハッタン計画と原爆の完成
本格的な原爆開発は、1942年に始動したマンハッタン計画によって進められました。ロバート・オッペンハイマー博士を中心とする科学者たちがニューメキシコ州のロスアラモス研究所で開発を担当し、総勢13万人以上が関与したこの極秘プロジェクトには、当時の金額で約20億ドルもの費用が投じられたといわれています。
トリニティ実験
1945年7月16日、ニューメキシコ州の砂漠で世界初の核実験「トリニティ実験」が成功裏に行われました。この実験によりプルトニウム型原爆の威力が実証され、核兵器時代の幕開けとなりました。
広島・長崎への投下
その後、1945年8月6日に広島へウラン型原爆「リトルボーイ」が、同月9日に長崎へプルトニウム型原爆「ファットマン」が投下されました。これらは史上唯一、実戦で使用された核兵器となっています。
まとめ
1939年は核分裂の発見やアインシュタインの手紙など、核開発の歴史において重要な転機となった年でしたが、核爆弾の製造自体はまだ行われていませんでした。初の核爆弾はマンハッタン計画によって開発され、1945年7月16日のトリニティ実験で初めて起爆されたのです。