ロシア帝国の女帝エカチェリーナ2世(1729年~1796年)は、啓蒙思想に基づく数々の改革を推し進めましたが、その中で最大の成功を収めた分野が教育でした。
数多くの教育機関の設立
エカチェリーナ2世は、貴族の子女のための「スモーリヌイ貴族女子学院」や、将校養成機関である「陸軍幼年学校(カデット・コルプス)」など、多数の教育機関を創設しました。特に女子教育の振興に力を入れ、男子だけでなく女子にも教育の機会を広げた点は、当時のヨーロッパにおいても先進的な取り組みとして高く評価されています。
大学制度の近代化
さらに彼女は大学制度にも改革の手を伸ばしました。宗教色の強い伝統的な教育から脱却し、世俗的な科目を導入するとともに、近代的な教授法を採用したのです。これにより、実学的で幅広い教養を持つ人材の育成が可能になりました。
改革がもたらした影響
これらの教育改革により、啓蒙思想がロシア全土に広まり、より教養ある開明的な社会の形成へとつながりました。「啓蒙専制君主」と呼ばれたエカチェリーナ2世の統治において、教育政策は中核を成すものであり、後のロシアの知的発展に大きな足跡を残すこととなりました。