フェルディナンド・マゼラン(1480年頃〜1521年)は、ポルトガル出身の探検家であり、史上初の世界周航につながった航海で知られています。ここでは、彼の壮大な旅路を9つのステップに分けてご紹介します。
1. 航海の準備
マゼランは、香料諸島(現在のインドネシア)へ向かう西回りの航路を開拓するため、スペイン王室から遠征の支援を取り付けました。当時、香辛料貿易は莫大な利益をもたらす事業であり、ポルトガルとスペインが熾烈な覇権競争を繰り広げていた時代でした。
2. スペイン出航
1519年9月20日、マゼランはトリニダード号、ビクトリア号、サンティアゴ号、コンセプシオン号、サン・アントニオ号の5隻の船団を率いてスペインを出航しました。乗員は約270名にのぼります。
3. 大西洋横断
船団は大西洋を横断し、途中ブラジルに寄港して補給と修理を行いました。
4. パタゴニアとマゼラン海峡
南米沿岸を南下し続けたマゼランは、パタゴニアに到達し、先住民であるテウェルチェ族の人々と遭遇しました。その後、大西洋と太平洋をつなぐ「マゼラン海峡」を発見し、その航行に成功しました。
5. 太平洋横断
マゼランの船団は広大な太平洋を渡りました。この横断には約3か月半を要し、食料や水が尽きかけ、多くの乗員が壊血病に苦しむなど、想像を絶する過酷な航海となりました。
6. グアムとフィリピン
遠征隊はついにグアムに到達し、ヨーロッパ人として初めて同地を訪れたことになります。その後、船団はグアムからさらに西へ進み、フィリピンへと向かいました。
7. 紛争と最期
フィリピンでは、マゼランは現地の勢力間の対立に巻き込まれ、1521年4月27日、マクタン島での戦闘中に命を落としました。偉大な探検家は、目的地に届くことなくこの世を去ったのです。
8. 世界周航の完遂
マゼランの死後、フアン・セバスティアン・エルカーノの指揮のもと、残された乗員たちが航海を続けました。そしてついに、人類史上初となる地球一周を成し遂げたのです。
9. スペイン帰還
唯一生き残った船ビクトリア号は、エルカーノの指揮のもと、1522年9月6日にスペインへ帰還しました。しかし、生きて故郷の土を踏むことができたのは、わずか18名だけでした。
マゼランの航海が残したもの
マゼランの航海は、それまで未知だった海域を切り開き、西洋人の地理認識を根本から変えるとともに、大航海時代における後続の探検隊に多大な影響を与えました。マゼラン自身は完遂の瞬間を目撃できませんでしたが、その偉業は今もなお、人類の歴史に燦然と輝き続けています。