広島・長崎への原爆投下は冷戦を引き起こしたのか?
「広島と長崎への原爆投下が冷戦を引き起こしたのは誰か」という疑問を持つ人は少なくありません。しかし、歴史的な事実に照らし合わせると、この認識は正確とは言えません。
冷戦の始まりは原爆投下の2年後
広島には1945年8月6日、長崎には同年8月9日に原子爆弾が投下されました。一方、冷戦の始まりは一般的に1947年とされています。つまり、冷戦が本格的に始動したのは、原爆投下からおよそ2年後のことなのです。
1947年は、アメリカのトルーマン大統領が「トルーマン・ドクトリン」を発表し、ソ連の影響力拡大を阻止するための封じ込め政策を打ち出した年でした。さらに翌1948年にはマーシャル・プランが実施されるなど、米ソ対立の構図が次第に明確になっていきました。
原爆投下と冷戦の本当の関係
したがって、広島・長崎への原爆投下が冷戦の直接の引き金となったと断定することはできません。原爆投下は第二次世界大戦末期における対日戦争の早期終結を目的として行われたものであり、冷戦を生み出した原因ではありません。
むしろ、当時の米ソ間にはすでに緊張関係が芽生えつつあり、原爆投下はそうした対立が深まっていく国際情勢の中で行われた出来事と捉えるのが適切です。冷戦そのものは、戦後のヨーロッパ情勢や占領政策、イデオロギー対立などをめぐる米ソ間の摩擦が積み重なった結果として、1947年以降に本格化していったのです。