古代において、多くのギリシャ人はマケドニア人を「バルバロイ(野蛮人)」とみなしていました。彼らはマケドニア人を、自分たちよりも文化的に劣った存在であり、ギリシャ世界の一員とは完全に見なしていなかったのです。この見方は、言語、服装、そして慣習といった複数の要因に基づいていました。
言語の違い
マケドニア人はギリシャ人とは異なる言葉を話しており、その多くはギリシャ語の一方言を使用していました。この言語上の違いは、ギリシャ人がマケドニア人を「異質な民族」と捉える大きな要因となりました。
服装の違い
また、マケドニア人の服装もギリシャ人とは大きく異なっていました。彼らはより寒冷な気候に適した、厚手の衣服を身につけていたのです。この外見上の違いも、両者の間に文化的な距離感を生む一因となりました。
慣習の違い
さらに、マケドニア人は宗教的な儀礼や政治体制など、ギリシャ人とは異なる独自の慣習を持っていました。こうした社会制度や文化の違いが、ギリシャ人による「野蛮人」という評価を強めることになりました。
軍事的な脅威としての認識
加えて、マケドニア人は勇猛な戦士たちとして知られており、ギリシャ人からしばしば軍事的な脅威と見なされていました。文化面での優越意識と、武力に対する警戒心。この二つの感情が入り混じりながら、ギリシャ人とマケドニア人の複雑な関係が形作られていったのです。