アレクサンダー大王が「ギリシャ帝国」と戦ったというのは、実は誤解です。大王自身がギリシャ系マケドニア王国の王であり、彼が戦った相手はギリシャではなく、当時の古代世界最大の帝国——ペルシャのアケメネス朝だったのです。
アレクサンダー大王とはどのような人物か
アレクサンダー大王(紀元前356年〜紀元前323年)は、古代マケドニア王国の王です。父王フィリポス2世の後を継いだ彼は、当時のギリシャ人にとって知られていた世界のほぼ全域を征服し、「大王」と呼ばれるようになりました。マケドニア人はギリシャ文化圏に属しており、アレクサンダー自身も哲学者アリストテレスから教育を受けています。
大王が実際に戦った相手——アケメネス朝ペルシャ
紀元前334年、アレクサンダーは父の遺志を継いでペルシャ遠征を開始しました。強大なアケメネス朝に対し、数度にわたる決定的な勝利を収めています。
主な遠征の歩み
紀元前334年:小アジアに上陸し、グラニコス川の戦いで勝利
紀元前333年:イッソスの戦いでダレイオス3世を破る
紀元前332年:エジプトを征服し、アレクサンドリアを建設
紀元前331年:ガウガメラの戦いでペルシャ軍に決定的打撃
紀元前330年:ペルセポリス陥落によりアケメネス朝が滅亡
紀元前327年以降:インド北西部まで遠征を継続
まとめ
つまり、アレクサンダー大王はギリシャ帝国と戦ったのではなく、ギリシャ文化圏に属するマケドニアの王として、ペルシャ帝国をはじめとする東方の広大な領域を征服したのです。この空前の遠征によってヘレニズム文化が広く伝播し、東西文明の交流に計り知れない影響を与えました。