ジャンヌ・ダルク(1412年頃~1431年)は、百年戦争期にフランス軍を率いてイングランド軍と戦った歴史上最も有名な人物の一人です。しかし、彼女に対する評価は、当時の敵味方であるフランスとイングランドの間で正反対でした。同じ人物でありながら、一方では「救国の聖女」として、もう一方では「魔女」として見られていたのです。
フランスにおけるジャンヌ・ダルクの評価
フランス人にとってジャンヌ・ダルクは、揺るぎない国民的英雄であり、カトリック教会に正式に認められた聖女です。主な評価ポイントは以下の通りです。
- 国民的英雄かつ聖女: 1429年のオルレアン包囲戦を解放に導いた功績により、フランスの危機を救った存在として崇拝されています。1920年にはローマ教皇ベネディクトゥス15世によって列聖されました。
- 百年戦争の転換点: 彼女の活躍がなければ、フランスはイングランドによる支配を免れられなかったとされ、戦争の勝利の原動力と見なされています。
- 統一と独立の象徴: 分裂していたフランスを結集させた存在として、国家の団結と独立のシンボルとなっています。
- 悲劇的な死: 1431年にルーアンでイングランド側によって火刑に処されたことは、偉大な悲劇であり、不当な処刑として捉えられています。
イングランドにおけるジャンヌ・ダルクの評価
一方、当時のイングランド人にとって彼女は、まったく別の存在でした。主な見方は以下の通りです。
- 魔女・異端者: 神の声を聞いたという主張は、むしろ悪魔の仕業とみなされ、宗教裁判で異端の罪に問われました。
- パテーの戦いの敗因: 1429年のパテーの戦いでイングランド軍が壊滅的な敗北を喫した責任は、ジャンヌの存在にあると非難されました。
- イングランド支配への脅威: フランスにおけるイングランド勢力の崩壊を招いた存在として、王権にとって重大な脅威と見なされていました。
- 正当な処罰: 彼女の処刑は、罪を犯した者への当然の報いであるという認識が広まっていました。
評価が分かれた背景
このような対照的な評価は、単なる敵対関係だけでは説明できません。中世ヨーロッパにおいて「神の声を聞く」という行為は、文脈によって神聖なものにも邪悪なものにも解釈され得る曖昧なものでした。フランス側は彼女を神の意志の具現者と受け止めたのに対し、イングランド側は自国の敗北を説明するために、彼女を魔術や異端の象徴として描き出したのです。
興味深いことに、時間の経過とともにイングランド側の評価も変化していきました。19世紀以降、シェイクスピアの戯曲『ヘンリー六世』で描かれた悪役像とは裏腹に、歴史家たちの間でもジャンヌの軍事的・政治的業績が再評価されるようになり、今日では両国ともに彼女を歴史的偉人として敬意を払っています。