ヨーロッパの歴史

セントヘレナ島はなぜナポレオン・ボナパルトの人生において重要なのか?

セントヘレナ島とは

セントヘレナ島は南大西洋に浮かぶ火山島で、アフリカ西海岸から約1,950キロメートル、ブラジル東海岸から約4,020キロメートル離れた絶海の孤島です。交通の便がきわめて悪いこの島は、フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトが最期を迎えた流刑地として世界中に知られています。

ナポレオン、セントヘレナ島への流刑へ

1814年、ナポレオンは連合国との戦いに敗れて帝位を退き、地中海のエルバ島へ流されました。ところが翌1815年2月、彼は同島を脱出してフランス本土へ帰還し、短期間の復位「百日天下」を開始します。しかし同年6月のワーテルローの戦いで決定的な敗北を喫した結果、連合国側は二度と脱出できないよう、より遠隔地であるセントヘレナ島への永久流刑を決定しました。

ロンウッド邸での晩年

1815年10月15日、ナポレオンはセントヘレナ島に到着し、島の中央部にあるロンウッド邸という小さな家に軟禁されました。湿気の多い厳しい気候や徹底した監視に苦しみながらも、彼は晩年の多くの時間を回想録の執筆に費やしたといわれています。そして1821年5月5日、51歳でこの世を去りました。

公式な死因は胃癌とされましたが、近年の研究では毛髪などから検出された成分をもとに、ヒ素による中毒死の可能性も指摘されています。その死をめぐる議論は、現代に至るまで決着していないのです。

歴史の舞台としての重要性と観光地としての魅力

セントヘレナ島は、一代の英雄ナポレオンが追放され、生涯を閉じた地であることから、彼の人生において比類ない重要性を持っています。現在では観光地としても人気を集めており、世界中から訪れる人々が、偉大な皇帝が晩年を過ごしたロンウッド邸や墓所跡などを巡り、激動の歴史の一端に触れています。