ペルーとチリの海洋紛争問題では、両国政府が4年間にわたりハーグでの裁定を待ち続けてきました。「ハーグの裁定は尊重される」と双方が繰り返すなか、「そもそもハーグとは何か」「どこにあるのか」と疑問を持つ人も少なくありません。首都リマでは「ハーグ」という言葉がニュースで頻繁に取り上げられ、政治や海洋問題にあまり関心のない市民にも内容を知ってもらおうとする啓発キャンペーンまで展開されています。ここでは、歴史的な海洋紛争そのものではなく、裁判所とその所在地である都市について詳しく見ていきましょう。
ハーグはどんな都市?
ハーグはオランダ北西部に位置する都市です。オランダの正式な首都はアムステルダムですが、中央政府の所在地はこのハーグに置かれています。さらに、各省庁をはじめとする官公庁、裁判所、各国大使館もすべてハーグに集中しています。都市の規模としては、ロッテルダム、アムステルダムに次ぐオランダ第3の都市です。壮麗な歴史的建造物と美しい広場が調和し、歴史・芸術・現代性が融合した魅力的な街として知られています。
国際司法裁判所(ICJ)とは
一般に「ハーグ裁判所」と呼ばれる司法機関は実は複数ありますが、ペルーとチリの海洋紛争を審理しているのは「国際司法裁判所(ICJ)」です。同裁判所は15人の判事で構成され、国連の主要司法機関として1946年に設立されました。加盟国が提起する法的紛争の解決を目的とし、その判決は最終的なものとして当事国に拘束力を持ちます。
15人の判事は国連総会と安全保障理事会によって選出され、任期は9年です。設立以来、119件の二国間紛争を裁いており、直近ではパナマとコロンビア間の事件が扱われました。
美しいバロック様式の庁舎
国際司法裁判所の庁舎は、広大な庭園と豪華な設備を備えた美しいバロック様式の建物です。当時の所長はスロバキア出身のペテル・トムカ判事であり、その他の判事もメキシコ、ウガンダ、中国、ニュージーランド、モロッコなど、世界各地から選ばれた多彩な顔ぶれで構成されています。
「ハーグ」の名前の由来
ビネンホフ宮殿を中心に発展したこの町は、1242年の文書に初めて「ハーガ(Haga)」という名で記録されました。15世紀になると「Des Graven Hague」という呼び名が使われるようになります。これは文字通り「伯爵の生垣(囲い地)」を意味し、「伯爵の居館や隠れ家、あるいは伯爵の私有地」を指す言葉でした。17世紀以降は、単に「グラーフェンハーゲ(Gravenhage)」と呼ばれるようになります。
今日でも「グラーフェンハーゲ」の名称は、出生証明書や婚姻証明書などの公式文書にのみ用いられており、市内での法的手続きや公共の場では「デン・ハーグ(Den Haag)」という呼び名が使われています。15世紀初頭、ブルゴーニュ公爵家がホラント州とゼーラント州の支配権を握ると、この町は周辺諸州の行政拠点となり、その運営の中心地が「ハーグ」と呼ばれるようになりました。英語の「The Hague」はこの名称に由来し、スペイン語圏で訛って定着したものが現在の「ハーグ」の呼び方につながっています。