セルカークシャー(Selkirkshire)は、別名「セルカーク(Selkirk)」とも呼ばれる、スコットランド南東部に位置する歴史的な旧郡です。起伏に富んだ高原地帯を占めており、エトリック川とヤロウ川の谷によって二分され、これらの河川は東部でツィード川(River Tweed)に合流します。かつてのセルカークシャーの領域は、現在ではすべてスコティッシュ・ボーダーズ(Scottish Borders)評議会区域の一部となっています。
豊かな自然が広がる地理的特徴
セルカークシャーは、スコットランド南部でも有数の美しい谷あいの風景で知られています。エトリック渓谷とヤロー渓谷は、緑深い丘と清流が織りなす牧歌的な景観が特徴で、ハイキングや自然観光の場としても人気があります。
古代から続く悠久の歴史
考古学的な証拠によれば、セルカークシャーにはすでに新石器時代から人々が暮らしていたことがわかっています。ローマ人はエトリック渓谷やニューステッド(Newstead)に軍事キャンプを設置し、この地域を支配下に置きました。ローマ軍撤退後の約6世紀にわたる歴史は、スコットランド南東部全体の歩みと重なります。
この地域は、まずケルト系ブリトン人の王国ストラスクライド(Strathclyde)の一部となり、次いでアングロサクソン人の王国ノーサンブリア(Northumbria)に属した後、1020年頃にスコットランドへ併合されました。以降、この土地は南隣のイングランドとの間で繰り広げられた国境紛争(ボーダー・ウォーズ)に何世紀ものあいだ悩まされることになります。
王の狩猟場「エトリックの森」とウォルター・スコット卿
16世紀まで、この一帯は「エトリックの森(Ettrick Forest)」と呼ばれ、スコットランド王家の狩猟場として保護されていました。また、イギリス文学史上の巨匠である作家サー・ウォルター・スコット(Sir Walter Scott)は、1799年から1832年に亡くなるまでの長きにわたり、セルカークシャーの保安官(シェリフ)を務めたことでも知られています。彼とゆかりのある史跡は、現在も観光客を魅了しています。
産業革命を経ても残る農村の風景と毛織物産業
セルカークシャーは産業革命の波をほとんど受けることなく、今日でも本質的には農村的な性格を保っています。ただし、ガラシールズ(Galashiels)やセルカークの各都市では、伝統ある羊毛織物産業が発展してきました。ガラシールズは郡内最大の町であり、セルカークは歴史的な郡庁所在地として栄えてきました。