フュージリアー擲弾兵(Fusiliers-Grenadiers)とは
サン=クラウドから発せられた1810年9月19日付の帝国法令により、「フュージリアー擲弾兵」と名付けられた連隊が創設されました。総勢1,600名からなるこの連隊は、老親衛隊(オールドガード)の直後に序列され、狙撃兵連隊とともに、後に「中堅親衛隊(ミドルガード)」と呼ばれることになる部隊の中核を担いました。
連隊の編成
同連隊は、擲弾兵ヴェリット(velite)の2個大隊を基幹として編成されました。擲弾兵連隊として規定された戦力、すなわち120名ずつからなる4個中隊で構成される1個大隊という体制を満たすため、不足分は各県の予備中隊からの移籍と徴兵によって補充されました。
軍装の特徴
フュージリアー擲弾兵の軍装は基本的に擲弾兵と同一でしたが、肩章の意匠が異なり、さらに毛皮の帽子(ベアスキン)の代わりに、白糸で刺繍された山形(シェブロン)模様があしらわれたシャコー帽を着用していた点が大きな特徴です。
将校についても同様に、擲弾兵将校と同じ軍装をまとい、金で縁取られたシャコー帽をかぶりました。
老親衛隊に劣らぬ勇猛さ
老親衛隊の諸連隊と同じ組織体系を備えていたフュージリアー擲弾兵は、その勇猛さにおいても規律においても先輩部隊に一切引けを取らず、常にそしてあらゆる戦場で、老親衛隊と栄光を分かち合い続けたのです。