
アフリカ軽歩兵大隊(BILA)とは
アフリカ軽歩兵大隊(仏語:Bataillons d'Infanterie Légère d'Afrique、略称BILA)は、通称「バ・ダフ(Bat d'Af)」の愛称で親しまれたフランス陸軍の部隊です。
世間一般には懲罰部隊と思われがちですが、厳密な意味での懲罰部隊ではありませんでした。ただし、その人員構成には特異な面があり、民間社会ですでに有罪判決を受けていた若者が兵役の際に配属されたり、懲罰中隊での勤務を終えた処分対象の兵士が送り込まれたりしていました。そのため、陸軍の他の部隊に比べ、はるかに厳しい規律が課されていたことで知られています。
各部隊には個別の愛称があり、当初は第1大隊の兵士が「フロール(Flore)」、第2大隊が「ゼフィール(Zéphyr)」、第3大隊が「シャルドネ(Chardonnet)」と呼ばれていました。しかしやがて、「ジョワイユ(Joyeux/愉快な連中)」という呼び名がすべての大隊に定着することになります。現在でも、随所で「ゼフィール」の名を目にすることがあります。
部隊の記念日となったマザグランの戦い
1840年2月6日のマザグランの戦いで、BILAの兵士たちは際立った活躍を遂げました。この武勲を讃え、この日はBILAの記念日(部隊の祝日)として受け継がれています。
歴代のアフリカ軽歩兵大隊の沿革
第1アフリカ軽歩兵大隊
1832年6月13日付の王令により創設。当初はアルジェリアのモスタガネムに駐屯し、のちにオランへ、さらに1932年以降はタタウィンへと移りました。1940年に一時姿を消しますが、1948年9月に再編成されています。
第2アフリカ軽歩兵大隊
1832年6月13日付の王令により創設され、ブージー(現在のベジャイア)に駐屯しました。リフ戦争の終結に伴い、1927年に解散しています。
第3アフリカ軽歩兵大隊
1857年に創設され、ボーヌ(現在のアンナバ)に駐屯したのち、タタウィンへ移動しました。1932年に一度解散しますが、1951年に復活。1960年にはフォール・フラッターへ、1963年にはレガンへと移駐し、1960年代に第3アフリカ軽歩兵中隊(CILA)へと改編されました。1967年にメルセルケビールへ移動し、最終的には1972年3月31日、オボックにおいて解散となっています。
第4アフリカ軽歩兵大隊
1888年5月に創設され、ガベスに駐屯しました。リフ戦争の終結に伴い、1927年に解散しています。
第5アフリカ軽歩兵大隊
1888年5月に創設され、ガベスに駐屯しました。1925年に解散しています。
第24アフリカ大隊
1939年10月に誕生しましたが、翌1940年8月7日の解散まで、きわめて短い期間のみ存在した部隊です。
軍旗に刻まれた戦功
1950年にアフリカ大隊へ授けられた軍旗には、次の戦闘における名誉が記されています。
- マザグラン(1840年)
- メゾン・デュ・パスール(1914年)
- ヴェルダン(1916年)
- ランス(1918年)
- ラ・シュイップ(1918年)