
III号突撃砲(StuG III/Sd.Kfz.142)
基本諸元
製造国:ドイツ
種別:突撃砲
乗員:4名
武装:7.5cm突撃砲 StuK 37 L/24
装甲厚:最小30mm〜最大90mm
寸法および重量
全長:5.49m
全幅:2.95m
全高:1.94m
戦闘重量:22t
接地圧:0.97kg/cm²
馬力重量比:約13.9hp/t
エンジン
マイバッハHL 120 TRM V型12気筒水冷ガソリンエンジン。3,000rpmで300馬力を発生した。
走行性能
路上最高速度:40km/h
不整地速度:24km/h
航続距離:164km
越堤高:0.6m
超壕幅:2.3m
渉水深:0.8m
登坂能力:30%
運用期間
1940年から1945年までドイツ国防軍で運用された。
開発の経緯
1936年、ドイツ国防軍兵器局は陸軍が必要とする戦車の体系を整理したうえで、これに加える「直接支援用装甲車両」の開発を命じた。車台の設計はダイムラー・ベンツが、火砲はクルップが担当することになった。要求仕様では、低いシルエットと大口径の砲が求められていた。
採用されたのは短砲身の7.5cm砲であり、全高を極限まで抑えるという要件を満たすため、この砲は車体上部構造物ではなく車体本体に直接搭載されることになった。
設計上の特徴
III号戦車(Pz.Kpfw.III)の車台を流用し、砲塔を廃して代わりに操縦手用前面装甲板まで達する非常に低い固定式戦闘室が設けられた。主砲は砲口がこの前面装甲板から突出し、車体右側にややオフセットして据え付けられている。
操縦手の位置は従来のIII号戦車とほぼ同じだったが、異なるのはその背後に広い戦闘室が設けられ、そこに砲の操作要員3名が収まっていた点である。砲弾44発が車内壁面に沿って搭載された。なお、初期型には近距離防御や対歩兵戦用の機関銃は一切装備されていなかった。
全体のシルエットは当初の仕様にきわめてよく合致しており、装甲も当時の水準からすれば堅牢で良好だった。突撃砲としては珍しい特徴として、天面装甲が10mmに達していたことも挙げられる。
生産と改良
1940年のフランス侵攻時点で実戦投入可能だったのはわずか5両だったが、同年末までに生産数は184両に達し、月産30両のペースで部隊への納入が進められた。産業界はこのペースを1941年末まで維持した。その後生産は一時停滞したものの、ほどなく再開され、最終型が完成する1945年3月まで継続された。
1942年初頭にはF型が登場した。F型は長砲身の7.5cm砲を搭載し、戦闘室前面には増加装甲が施された。続くG型では砲身がさらに延長されて48口径長となり、近接防御および対空防護用の車載機関銃が外部に装備されるようになった。
1943年以降の各型では、成形炸薬弾(HEAT弾)から足回りを守るための装甲スカート(シュルツェン)が装着された。
G型では、より長い砲身を収容するために戦闘室が拡大され、左後方には指揮官用キューポラが新設された。最終型は鋳造部品を併用した戦闘室と大型の鋳造防盾を採用し、前面装甲板は重ね合わせ構造によって補強された。また、車体両側面には発煙弾発射筒が固定された。
派生型:StuH 42
1941年末頃、火力強化の一環として、同じ車台に10.5cm榴弾砲StuH 42を搭載する派生型が登場した。その任務は歩兵部隊および装甲部隊への近接支援であり、この役割において本車は標準的な砲兵装備となった。ただし、対戦車戦闘では限られた性能しか発揮できなかった。
車体は事実上同一の戦闘室を持っていたが、スペースの制約により搭載弾数は36発に減少した。一部の車台は弾薬運搬車へと改造されている。
総評
III号突撃砲は、ドイツ国防軍にとって理想的な突撃砲であった。設計は比較的簡素でありながら装甲は堅牢で、機動性にも優れていた。大戦末期には対戦車戦闘に過重な負担を担わされるようになったが、それでも1945年3月までに工場から送り出された総生産数は10,500両を超えた。