
DShK 1938の主要諸元
- 使用弾薬:12.7×108mm
- 全長:1,602mm
- 銃身長:1,002mm
- 重量:33.3kg(銃本体のみ)
- 初速:843m/s
- 発射速度:毎分550〜600発
- 給弾方式:金属リンク式50発弾帯(5連結)
- 最大射程:7,000m
開発の背景――「頑丈さ」から「機動性」へ
ソ連製機関銃には、他国の製品と一線を画す大きな特徴があった。それは圧倒的な重量である。長年にわたり、ソ連の銃器設計者は部品の堅牢性を何よりも優先しており、その結果として武器は必然的に重くなった。この設計思想を象徴するのが、車輪付き砲架に載せられた旧式のマキシムM1910重機関銃で、その姿はまるで小型の火砲のようだった。
しかし1930年代半ばに入ると、ソ連軍は機動性の重要性に気づき始める。新型重機関銃の開発にあたっては、単なる耐久性だけでなく、機構面での性能にも重点が置かれるようになった。当初、ソ連は12.7mm口径でアメリカのブローニングM2に似た機関銓を目指していたが、最終的には12.7mm弾を使用し、対空・対地など多目的に対応できる、より軽量なモデルとして完成させたのである。
こうして誕生したのがDShK 1938(デグチャレフ=シュパギン式大口径機関銃1938年型)だ。ヴァシリー・デグチャレフが基本設計を手がけ、給弾機構をゲオルギー・シュパギンが改良したこの機関銃は、愛称「ドゥシュカ(Dushka)」として広く親しまれた。ブローニングM2に匹敵する成功を収め、改良型のDShK 1938/46(DShKM)は現在でも世界各地で生産・使用されている。
多才な「ドゥシュカ」の活躍
銃本体はブローニングより軽量化されたものの、砲架については話が別だった。ソ連は旧型M1910用の車輪付き砲架をそのまま流用したため、地上での移動時の扱いは決して軽快とは言えなかった。一方、防空用途には専用の三脚架が新たに設計され、こちらも長期間にわたって現役に留まった。
DShKは重戦車IS-2(ヨシフ・スターリン2型)の対空機銃として事実上の標準装備となり、チェコスロバキアでは四連装の対空砲架も製作された。さらに装甲列車向けの特別仕様まで存在し、第二次世界大戦中から戦後にかけて、その運用範囲は極めて広いものとなったのである。