
長い冬がもたらした挫折と苦難
この戦史の教訓を理解するには、あの長い冬がもたらした挫折と苦難を思い起こさなければならない。1942年11月末、イギリス軍によるチュニスへの突撃は完全な失敗に終わった。続く12月には、フランス軍がドルサル山脈を軸として仕掛けた攻勢が頓挫し、さらにイギリス軍もクリスマス当日、「ロングストップ・ヒル」――その名の通り「長い停留」を意味する丘――の前面で足止めを食らった。この停止は、なんと5か月にも及ぶことになる。
ティーガー戦車とロンメルの猛反攻
翌1943年1月には、ドイツ軍の「ティーガー」戦車がウセルティアへ殺到し、モロッコ師団を押し崩して大きく揺るがした。そして2月に入ると、ロンメル率いる装甲部隊がスベイトラ前面のアメリカ軍戦線を突破。カセリーヌ、さらにタラへと進撃を重ね、チュニジアにおける連合軍戦線全体を崩壊寸前まで追い詰めたのである。
天秤が傾いた危急の瞬間
勝利がどちらの手に落ちるか判然としないこの重大な局面において、状況を救ったのは二つの要因だった。ひとつはタラ前面に投入されたイギリス装甲旅団の果敢な介入。そしてもうひとつは、おそらく時期尚早であったマレス線に対するロンメルの過剰な警戒心である。
わずか10週間後の劇的な逆転
ところが歴史は驚くべき展開を見せる。あれほど苦戦を強いられたわずか10週間後、この戦役は敵の強力な2個軍の完全降伏によって幕を閉じたのである。ドイツ・イタリア両軍の捕虜の総数は、実に25万人に達した。クリスマスの丘での苦渋の停止から一転、連合軍は北アフリカにおける決定的な勝利を手にすることとなったのだ。